祠(ほこら)1

 


 昔むかし、あるところに小さな祠(ほこら)があったそうな。
 その祠の扉は、いまだかって誰の手によっても開(あ)けられたことがなかった。決して開けてはならぬという昔からの言い伝えがあったからじゃ。そのせいで、祠のなかに何が祀(まつ)られているのかを知る者とてなかったが、それはさておき、村人(むらびと)たちは何かにつけて、この祠に立ち寄るのを好んだ。
 祠の傍(かたわ)らには、一本の大きな樹が立っておった。祠を守るかのように、その頭上にゆたかに枝葉を拡げていて、その下に立つとなぜか心安らぐ思いがするからであった。
 そして鬱蒼(うっそう)と茂る大木と祠のたたずまいは、誰の目にも切り離すことのできない一対の光景として映るのじゃった。

 ある日のこと、一人の男が祠の前で立ち停まった。男は通りすがりの旅人じゃったが、祠の前でふと足が停まったのじゃ。いや正確にいうと、その先はもう一歩も足が進まなくなったのじゃな。
 男は疲れきっておった。長旅の疲労が男の表情にありありと出ておった。足を停めた男は、祠の前でくずれるように座り込んだ。
 真夏の暑い陽ざしがもう何日も照りわたり、地面は灼(や)けつき、草いきれがむせ返るようじゃった。祠の前だけが、ゆたかに枝葉を広げた大木によって、涼しい木陰を形づくっておった。
 緑陰を渡る風が心地よい。ほどなく汗がひき、疲れがとれていくのがわかった。男は両手をひろげ、祠の前の広場に大の字になった。

 おだやかな気持ちになり、目を閉じる。呼吸が安らかな寝息に変わるのに、さして時間はかからなかった。
 眠りのなかで男は夢を見た。多くの子供たちが遊び戯れている夢じゃった。風とともに舞い、花と遊び、そうかとおもうと祠の大木のまわりに輪になって、楽しげな笑い声をひびかせる子供たち。
 「一緒に遊ぼ。おじさん」
 子供たちは男を誘った。素直にその誘いにしたがい、男は輪に加わった。
 祠の大木の周囲を、子供たちは男の手を取って舞うた。舞いながら男は、子供たちの清らかな心が、そのまま自分の胸のなかに入ってくるような気がしたのじゃ。

 いろいろな悩みが消えていった。男はそれまで辛い人生を送ってきたのじゃ。さまざまな苦しみを体験し、その傷が心の襞(ひだ)の奥深くきざみこまれておった。それらが嘘のように消えてゆき、忘れ去っていた幼い頃の何のわだかまりもない気持に帰っていくのがわかった。自然のなかで無心に舞い遊ぶそのことが、男にとって一番の心の癒(いや)しになったのじゃな。
 どれほどの時間が経ったことじゃろうか。
 ゆっくりと涼しい風が吹いてきて、子供たちの姿が消えていた。
 男は目ざめた。気がつくと、男の胸のなかにいい知れぬあたたかな気持だけが残っておった。
 「なんと夢じゃったのか。それにしても、ありがたい夢じゃった」

 男は呟(つぶや)いた。苦しかった長い歳月の間に、彼が見失っていたものが、甦(よみがえ)っていたことに気づいたのじゃな。
 −−わしは救われた。この祠の神さまが救ってくださったのじゃ。
 男は素直にそう思い、ポロポロとうれし涙をこぼした。
 男はもう一度人生をやり直す気持になっていた。胸のなかには、あたたかな想いと、ただただ感謝する心だけが満ち満ちていたそうな。
 ああ、これでまたやっていける。男は起きあがり、すっと立った。鬱蒼と茂る大木と祠に目をやり、深々と頭を下げると、祠の前の道に戻った。
 もと来た道の方角におだやかな眼差(まなざ)しをそそいだあと、男は頭をめぐらせて前方を見つめた。そして歩き始めた。祠の前で座りこんだときとは比べものにならぬ確かな力強い足どりじゃった。
 男が去ったあと、祠とそれをおおう巨木だけが、いつもと変わらぬたたずまいで残っていたそうな。

(2005.10.12/2006.03.26)