総トップページにジャンプ

  新句(十九音) 作品集24(2009年6月分)



健康は、自分自身で維持をするもの。


かつて読んだ桜沢如一の文章に、
<いざ病気になってから、「やれ医者だ、手術だ」などと騒ぎたてるのは、愚かしく浅ましいことだ。それは、犯罪を犯してから「弁護士だ、保釈金だ」などと言うのに等しい>
というようなくだりがあった。

個人差があるので一概には言えないが、ガンジーの「健康論」や西勝造の「健康法」のようなものを各自で用意すべきである。つまり、日ごろから自分自身の「健康法」を確立しておく必要があるんじゃないか。

私は、自分なりに数年来やってみた。部分的な考え方でなく、宇宙に置かれた自分自身の身体を見つめ直す方法である。つまり、「一体論」とでも言うか「総合的な健康法」でなければいけない。


YouTubeで探してみたり、なつかしい曲。


だいぶ前に、このプログに
「タンブラン」を探しながら、ラモーの曲聞く。
というのを書いた。
しかし、その後にわかったんだが「ラモー」でなく「Rameau」、「タンブラン」でなく「Tambourin」とすると、かなりの動画がある。そして、そのほとんどがアメリカやヨーロッパのもの。

私は、それらを自分用に
Rameau piano
Rameau Sauvages
などとして、まとめてみた。
それらは、私(rik)にとって学生時代からのなつかしい曲なので、そのようにして、ときどき聞くのである。


目がかすみ、耳とおくなる老いの現実。


すでに、眼鏡を三回も作り変えた。目の焦点が合わなくなるからだ。そして、ぼつぼつ四回目。いっぽう、耳も何となく遠くなってしまった。面倒なので、よほどのこと以外は聞き返さない。「はい」とか「OK」などと言うと、後で問題が起こることもあろう。したがって、たいがいは笑って過ごす。

そんな次第で、不都合な日々が続く。値段表などは「8」を「3」と読み間違えることが多い。まぁ、たいした問題でないから、仕方のないこととあきらめる。

もっとも眼鏡をかけると、見えることは見える。おそらく、耳も補聴器を用いると、ずいぶんと便利になるかもしれない。しかし、老いてくると付きあいも少なくなるので、あまり不便は感じない。


救急車、今日は他人(ひと)の身、明日はわが身か?


救急車が走っている。部屋から見えるわけではないが、パープーパープーという音でわかる。ひっきりなしに走っていたりする。そして、近くに来て止まったりすると、ギクリとする。

私や妻が呼んだのでないから、私たちのところへ来たのではない。しかし、それでも心配になるのである。ベランダへ出て下を見ると、白衣を着た係官がマンションの中へ入っていく。そして、すぐに担架に乗せた患者を運び出す。それからが問題。なかなか走らないときがある。一服をしているわけでなく、おそらく病人の治療を引き受けてくれる病院が決まらないのであろう。

遅かれ早かれ、私も妻も救急車のお世話になりそうである。それも、病院に着くまでにアウトになってしまうような状態で、それこそ救急で運ばれるのではないか。何となく心配である。


何となく懈(だる)く、しんどい糖尿病。


慢性の糖尿病にかかると、身体がだるくなってくる。尿糖が出始めて、なかなか戻らなくなると、身体に異変が起こる。おそらく、インシュリンが不足して健康状態に戻れないのであろう。

高血圧や糖尿病などのように長期間で患った病気は、薬などで短期間には治りそうない。やはり、長期間をかけて食事療法や運動療法で治すべきではあるまいか。食事や生活習慣を変えることによって、かなりの期待がもてる。

身体のホメオスタシスが失調をしたときは、ラップリンなども効果があるのではないだろうか。政木和三博士の講演会CDなどを聞くと、人間の身体は非常によくできているような気がする。もしかしたら、赤ちゃんが母の胎内にいるときから、その機能が働いていたのかもしれない。


脳のもつ機能の不思議、驚くばかり。


脳は、まったく不思議な器官である。かつて、私(rik)は「脳がヒトに寄生した地球外生命体ではないか」などと考えたこともあった。手術をするときに麻酔薬が不要なことなど、あまりにも理解を超えたことが多いからだ。

脳の摂食中枢(せっしょくちゅうすう)のはたらきなども非常によくできている。身体に不足なものを食べたくする部位であるが、例えばタマネギ・ニンニク・トウガラシなどを必要に応じて食べたくする。ふつうは食べたくないものであるが、それらを身体に必要なときには食欲をもたらす。

つまり、脳は食欲までコントロールしていることが明白。身体全体が機能して、そのような指令をする。脳自体が身体を用いて、活動できるようにするためらしい。


何となく心細くもなりたる齢(よわい)。


高齢になると、身体の健康について自信がなくなる。何となく全体的に体力が落ちてきたことも事実。そして、かつてあれほど健康であった身体に問題が生じてくる。

軽い病気になっても、回復力が弱くなった。だから、なかなか治らない。おそらく、身体の抵抗力が効かなくなってしまったのだろう。ホメオスタシスなども、あまりうまく働かなくなってしまったみたい。だから、いつまでも気分が優れない。いったいどうしたら、よいのだろうか。

身体の問題点に関する情報が、人間ドックや精密検査をすると、ある程度はわかるという。しかし、胎児だったころのことを考えると、生まれた後も自分自身の身体の情報が血液やオシッコの中に含まれているらしい。そんなことも健康維持に役立つのではないかということが、次第にわかってきた。


驚きと不思議とがある三つのチャネル。


ケーブルテレビの255ch・256ch・259ch。私のところでは、チャネルが続いている。ヒストリーチャンネル・ディスカバリーチャンネル・ナショナルジオグラフィックチャンネルである。

この三つのチャンネルは、いずれも大好き。いつも、面白い番組をやっているから。そこで、それぞれ「YouTube」に「チャンネル登録」をしてある。配信の仕組みはわからないが、ヒストリーとディスカバリーはスカパー(skyperfectv)で、そこにはアニマルプラネットなども含まれる。そしてナショナルジオグラフィックは、その名のとおりでNationalGeographic。

ときどき「YouTube」で、動画の一覧を見るのである。かつて見たテレビ番組の動画サマリーがあって、改めて驚きと不思議とを発見できるので楽しい。


おそらくは、塩も砂糖も身体に不要?


あまり専門的なことはわからないが、現代社会においては、わざわざ塩や砂糖で味付けをした食事を摂らなくても大丈夫らしい。なぜならば、久しく私の家の台所には砂糖が置いていない。飲み物に入れたり、料理の味付けを甘くしないからだ。また、「海の精」という塩が棚にあるが風呂に入れたり、歯を磨くときに使って、料理にはあまり用いない。

そもそも塩が身体に必要なのではなく、体内でカリウムと拮抗をするためにナトリウムが必要なのではないか。あまり塩分を摂らないと、汗も塩辛くなくなってくるみたい。

砂糖は、わざわざ調理に使わなくても穀物や果物などにも含まれている。ふつう、コーヒーや紅茶などに砂糖を入れるが、私は、むしろ入れないほうがおいしい。ぜったいを清潔にしておくと、砂糖の甘さは何となく不自然に感じる。


いつなるかわからないのがアルツハイマー。


最近になって、アルツハイマー病でダメになってしまう人が増えた。おそらく、平均寿命が長くなったことによって、その悲劇が目立つようになったのかもしれない。最初に有吉佐和子の『恍惚の人』を読んだころには、あまり身近に該当者はいなかった。

私(rik)は、平均寿命が延びたことと同時に、同じく『複合汚染』のようなことが体内に入った化学薬品が原因で、発症しているのではないかと思う。つまり、アルツハイマー病は、一種の「化学薬品症候群」なのである。

例えば、アルミニウムなどを大量に摂取すると、脳の細胞にダメージをもたらすらしい。しかし、アルミ缶の飲み物が多い。保存時のほかにもプルトップの切り口から、少しずつ体内に入ってしまう。安全や健康よりも、経済性や利便性を実行する社会なので、仕方のないことかもしれないが、……。


ボケ防止、脳に対する入出力。


いつまでも若々しく、ボケたりアルツハイマー病になったりしないことの対策の一つは、日々かなりの脳に対するインプットとアウトプットが必要ということ。つまり、ある程度の刺激を脳に与えてやるのがよい。

もちろん、空気・水・食べ物に関する注意が必要である。しかし、気持ちのあり方も大切らしい。気のもちようで、病気にもなってしまう。明るく物事を考え、いろいろなことに興味をもって、知識を求めたり、その知識を応用したりすることが重要。気持ちのもちかたの大切さは、ウルマンの『青春』という詩にもあったと思う。

そんな意味で、下手であっても自分で小説を書いたり、自分で絵や写真などの美術作品をものしたり、あるいは自ら音楽などを作るのがよいだろう。そんなことが、実際にわかってきた。


梅雨入りしうあんごする日、いく日かあり。


関東地方も梅雨入りをしたみたい。何となく湿度が高く、雨模様である。そんな日は、大好きな川沿いの散歩に行けない。仕方なく、部屋にいて何かをする。それを私は、数十年前からうあんごと呼んでいる。

正しい呼び名ではないから、私の場合は一日だけでもうあんごである。そんな日は、たいがい今までにスクラップをした健康・老化予防・安心立命関係の資料を見直す。そして、改めて考え直すのである。

今までに考えても、わからなかったことが多い。そんなことが、ふっと自分なりに理解できたりする。つまり、自問自答などを繰り返すうちに、おそらく本来の回答であるようなことを見出す。そんなことが、梅雨の季節のうあんごの楽しみでもある。


マロニエが散り、カイコウズ紅い花咲く。


聖蹟桜ヶ丘駅周辺、川崎街道のマロニエの並木、いっせいに赤い花を付けたが、すでに散ってしまった。そして、あいおい損保の前にあるカイコウズが紅い花をつけ始めた。毎年のことである。

マロニエは、フランス語の「marronnier」であるがトチノキ科の落葉高木。和名で「ベニバナトチノキ」という。葉が大きく、数枚の倒卵形で掌(てのひら)状。初夏、赤みがかった花を円錐状に咲かせる。バルカン半島の原産という。

カイコウズは、「海紅豆」と書きマメ科の木。アメリカデイゴともいい、ブラジル原産であるが、江戸末期に渡来したらしい。もしかしたら、ナンバンアカアズキのほうかもしれない。梅雨のころ以後から八月頃まで、枝先のような部分に深紅色の花をつける。いずれにしても、冬に藁を巻かれるので、私たちは「龍神の木」などと冗談に言っている。


快感や笑いは健康、老化の予防。


心地よさや明るい笑いは、健康によいという。さらに、老化予防にも関係するらしい。もしも呼吸や飲食などがスムースにいかないときは、体調がおかしくなっていることが多い。

快感を得られるまでもなく、不快でなければ正常な状態と言ってよいだろう。そもそも身体の一部に注意が向くようになるときは、そこに異常があることがしばしば。そんなわけで不快にならないように身体を清潔に保って、皮膚を活性化しておく必要がある。

また、笑いは大切。古くから「笑う門には福来る」などというが、それは事実であろう。生活の一部に笑いを取り入れると、健康で老化予防ができるらしい。そこで、私(rik)は自分自身が心から笑える落語などを聞いたり、笑いの素になる物語を読んだりしている。


遅くない、反省をして食い改めよ!


今からでも遅くありません。食べものに注意をして、改めてください。現代の食卓は、健康を阻害するものがあまりにも多いからです。外食する場合も、細心の注意が必要でしょう。

農薬などをはじめとする化学薬品が多く用いられていることも問題です。それらが人体に蓄積すると、遅かれ早かれ健康を害します。いちばんよいのは、低農薬の玄米を主食とすることです。それに野菜類は、地元で時期に取れたものを利用します。外国の食べものは、おいしくてもなるべく避けるようにしてください。

それに温室などで取れる野菜や果物。例えば、トマトなどは栄養価が少なくなっているようです。中には、かつての半分以下になってしまい、結果的には倍の量を食べないとダメなものが多くなってしまいました。


ゴマかされないようにして、黒ゴマを買え。


ゴマは「胡麻」と書いて、ゴマ科の一年草。1メートルくらいになって、夏に白い鐘状の花をつける。果実は円柱状で、中に多数の種子がある。エジプト原産で、黒ゴマ・白ゴマ・金ゴマなどがある。

それぞれのゴマには、違いがある。ふつう黒ゴマを食用とするが、中には安い油用の白ゴマを着色して黒く見せかけたものなどがある。それは香りか少なく、ちょっとべとべととしている。

黒ゴマを買うときは、すでに炒(い)ったものを買うことが多い。本当は生ゴマのほうが、そのまま食べるときは栄養価が高いだろう。生ゴマを擂(す)って食べるのが好ましい。いずれにしても、黒ゴマを買うときには注意をして、原産地などを確かめなければいけません。


噛まなくてよい食べものは、老化うながす。


やわらかくて噛まなくても食べられるようなものばかりを摂り続けると、顎の筋肉を使わないので、老化を早めてしまうという。歯でしっかりと噛むことが、現代においても必要らしい。

確かに、流動食は食べやすい。また、やわらかいものは噛まなくてもOK。また、すぐに飲み込める。しかし考えてみると、噛むことによって唾液が出るのだから、噛まないとやがて消化にも問題が起こる。胃や腸に負担が生じたり、痛むようになったりする。そして、老化を早めてしまうのではないか。

いちばんいいのは、噛みがいのある食べものを食べるとよい。例えば、玄米である。玄米は、一口で100回くらいは噛める。また、ニンジンの葉などのように繊維の多い野菜も良い。老化を防止するために、日々噛める食べものを摂ろう。


「学問は貧乏人の何とか」という。


立川談志の落語を聞いた。枕だけのものと「やかん」という根問いである。私(rik)は、日々の生活に笑いが必要だと考える。落語は、笑いへの近道ではないでしょうか。

それはともかく、談志は話題が豊富で面白い。「クジラが魚」というところは、プリニウスがクジラを魚に分類していたことを思い出す。また、「キリンの首がなぜ長い」かでは、当時の学会から相手にされなかったラマルクの学説を思い出す。もしかしたら、ラマルクでなかったかもしれないが。さらに、「地球が平ら」というくだりでは、今もってアメリカに「地球はひらべったい協会」という団体があるという事実。

話題の間にも、「電車の中で、女がべたべたと化粧しているのは実に見苦しい」などとも言う。談志が、あまり笑わないのも素晴らしい。「月が昇ると日は沈む」というところでも、菜の花の俳句などは出てこなかった。その代わり、最後に字幕で、「学問は貧乏人の暇つぶし」と出た。


「死と乙女」、何度聞いても飽きない調べ。


私の大好きな曲の一つ。シューベルトの弦楽四重奏曲である。激しさの中にも落ち着き。「死と乙女」の意味は知らないが、おそらくメメント・モリのような内容であろう。死とうら若い乙女が、問答をするのじゃないだろうか。

それはともかく、音楽は素晴らしい。とくに歌曲を変奏曲にした楽章は、私の胸に哀愁をかきたてる。音楽や美術には、あまり意味合いを求めないのであるが、それでも自分なりに思うことが次々に生じる。

そんな音楽であるので、YouTubeから再生リストを作って、ときどき聞いている。そして、聞くたびに新たな感情の発見があるので驚いてしまう。つまり、自分自身の知的空間を助成してくれる楽曲の一つでもあるようだ。


心配が身に迫り来る「認認介護」。


認認介護」という言葉をご存知だろうか? 認知症が、認知症の人を介護している実態を言うそうである。つまり、子どもと同居をしていない老いた老夫婦だけの家庭で起こる現実。高齢化社会になるにつれ、現実は厳しくなってくるようだ。互いに認知症なので、介護するほうと介護されるほうの間でトラブルが起こったりする。ひどいのは攻撃性が出て、相手を虐待したりする。

また、「介護難民」という言葉もある。症状が悪化しても、入院先などの行き先がない。なんともやり切れない現実が、確実に忍び寄ってくる。

できることは、認知症やアルツハイマー病にならない工夫をすることである。そんな意味で、傾向がわかっていたので、私たちは還暦になった十年くらい前から対策をたててはいるのだが、……。


最近は、二キロくらいに散歩を減らす。


入院・退院、そして通院を繰り返しているうちに、何となく脚が弱くなってしまった。グルコサミンやコラーゲンのサプリメントを飲んでみたが、あまり効果がない。ムリをして距離の多い散歩をすると、後で膝が痛くなることがある。

かつては十キロくらい何でもなかったが、最近は用心をして二キロくらいにとどめる。それも安全を考えて、なるべく家の周りの空間である。

部屋→(エレベータで下りる)→清水堀緑地→古茂川→九頭竜神社→九頭竜公園→古茂川の暗渠上の道路→(吉野家)→(ミスタードーナツ)→龍神の木(カイコウズ)→シェーキーズ下郵便局前→スクエア桜並木(北側のベンチ)→農協の売店→古茂川上流→梅林→地蔵→立花浴泉横→OPA西側の入り口
のようなコースを取るのがふつう。


空気・水・食べ物などが悪いと病気!


現代は物の豊かな時代である。とくに、食べものに関してはそうである。外国からの食料が多く食卓に並ぶ。しかし、ちょっと注意が必要!

空気は、部屋のある地上12階のものが多い。水は、多摩市内の地下水。そして食べものは、なるべく近場のものを利用。多摩市内ではちょっとムリなので、神奈川県の産地配送システムにお願いしている。つまり、生産者がどこの誰かがわかっている安全で新鮮な野菜・果物などである。

米は玄米を食べているが、神奈川産のものが間に合わないときは、供給契約をしているアイガモ米か低農薬の庄内平野米を注文する。つまり、なるべく近場のものを日々食べているのだ。それが健康の大原則だと思ったからである。また、その季節のものを仕入れる。いわゆる旬(しゅん)のものである。


老いたらば、口臭に気をつける必要!


高齢になると、体臭や口臭がきつくなる。ほとんどの人がそうであるが、他人の体臭や口臭には気付いても、自分自身のことであると気がつかない。つまり、自分自身の臭(にお)いが生理的には自分でわからないのである。

体臭はともかく、口臭には辟易する。食べものや生活習慣にもよるが、口内のメンテナンスが悪くて、そうなる場合が多い。高齢になると歯周病に侵される人が、かなりいる。歯周病は歯でなく、歯茎の病気。かつては、高齢になると自然にそうなると考えたようだ。歯槽膿漏ともいったが、歯茎を清潔に保てば、ある程度は防止できる。

常に口内を清潔に保つ必要がある。片山恒夫氏は、数時間も歯磨きを励行しなければならないと書いている。しかし、うがいをしたり、食後に歯磨きをして菌が繁殖しないようにしたり、ぜったいの清掃にすると、かなり効果があると私(rik)は思う。


ぜったいをブラシで削(そ)げば味はまろやか。


歯に歯垢(しこう:プラーク)がたまるのと似ているが、舌の上奥にも細菌が住みつく。その細菌は、やがて繁殖・死滅・腐敗をして臭(くさ)い臭(にお)いを発する。いわゆる口臭といわれる原因の一つ。しかし、この臭(にお)いには自分で気付かない。

その苔のように生えた細菌をぜったいという。そこで、そのぜったいを取り除く必要がある。薬品でうがいなどをする方法もあるが、歯ブラシでこそぎ落とすのが手っ取り早い。最初は、歯ブラシを奥のほうにもっていくと、咽(むせ)てしまうが、慣れると大丈夫になる。

ぜったいを除くと、葡萄酒やコーヒーの味がいちだんと素晴らしくなる。そして、食べもの全体がまろやかな味がする。しかし、すぐにぜったいが成長するので、翌日にふたたび取り除かなければいけません。


どうやって探すかが問題、YouTubeの中。


実に膨大な量の動画が入っている。まさに玉石混交であるが、その中から自分に必要な情報をどうやって探すかが問題である。また、さがした動画をどうやって覚えておくかも問題。そこで、いったん探した動画は「お気に入り」や「再生リスト」として保存する。しかし、それでもいわゆる「百舌の速贄」にならないように注意が必要である。例えば、私の「再生リスト」の一例。

よいことは「お気に入り」や「再生リスト」にしても、自分自身のパソコンの中にデータを保存するのではなく、「マイページ」にキーのみを記憶させる方式である。したがって、自分のパソコンの中の容量には、あまり関係しない。また、パソコンが故障しても、記録は保存される。そんな使いよさがある。ちょうど、プログの場合と同じで心配は不要。気楽にシステムを大きくできる。

しかし、まだわからないことだらけ。私(rik)の「マイページ」はここにあるので、知っている人は教えてください。


YouTube、工夫をすると知的空間。


YouTubeでは、自分の情報を公開して、直ちに世界中に発信できる。しかし、それほど大げさに考えなくても、自分自身の知的空間を構築できればよい。あまり見てもらえなくても、自分が納得できればそれでよいのではないか。

私は、YouTubeのマイページに知的空間を作ろうとしている。まだ、YouTube自体の仕組みがわからないのであるが、非常に優れたシステムであることは何となくわかる。

例えば、小説などのアップロード、絵や写真などのアップロード。そして、音楽はむろんのこと。ただ、一回のアップロードで10分程度の制限がある。したがって、30分のものは三つに分ける必要がある。私は、一回の作品を3分くらいにしたいと考えているので、長さの制約はあまり問題にならない。


健康でなければ、人は罪人である。


「そもそもこの世に生を受けて、病気になるのは罪である」という。もっともなことではあるが、その意見に私(rik)はちょっと抵抗を感じる。自分の不注意でなった高血圧や糖尿病などは納得できる。しかし、母の胎内にあったときからの失調や畸形などは、自分自身の責任ではないと思う。因果応報と言われても、生前の罪状など元来ないのではないか。

桜沢如一『新食養療法』に、
<全て人は健康である。健康でなかったらそれはその人の罪である!>
と書いてある。そして、
<病人はすべて刑務所に入れ>
ともある。

いかがなものであろうか。


生食は必要なのか?健康のため。


生食とは、野菜などを生(なま)で食べることです。西式健康法では、現代においても生食の必要性を説いています。そして、私(rik)も人間が「病の器」となった原因は、柱である脊柱を梁(はり)として用いたことと、生食をしなくなったこと、つまり火食に原因があるんじゃないかと思う。

桜沢如一の書いたものにも、そのような内容があった。いずれにしても、生食を大いに試みる必要がありそうだ。

そこで、ニンジン・ピーマン・セロリなどを生でかじる。なぜかダイコンは苦いので、カブをミキサーでアロエとともにおろしにして食べる。主食は玄米で、二度炊きをする。しかし、身体の不調が続くときは生玄米を食べる。そのままでは粒が大きすぎるので、コーヒーミルで挽(ひ)いて粗い粉状にして、よく噛んで唾液と混ぜて食べる。すると、不思議なことに体調はよくなるみたい。


人体の不思議・微妙さ、つくづくと知る。


私たちの人体のことを知れば知るほど、その巧妙さ、不思議さ、微妙なバランスを保っていることのありがたさを感じる。そして、今日まで正しく動いてきたのが不思議なくらいに思える。

人体は、それ自体が一つの宇宙である。ミクロコスモスともいえる緻密さと複雑さがある。表面的に見ても見えないことが、私たちのホメオスタシスに関係している。

例えば、グルミュー。ほとんどの人は、正しく機能していない。それでも何とか生活をしている。私(rik)は温冷療法を行って、数年がかりでその機能を回復した。おそらく、そのために皮膚自体も丈夫になって、風邪をひきにくくなったのかもしれない。そんなわけで、冬でも何とか薄着で過ごすことができる。ダーウインが書いているフィゴ島の住民のように。


健康は、温冷浴やラップリンから。


いつも健康でいるには、常日頃の注意が必要。身体は、それ自体ホメオスタシスをもっているので、その機能が完全に発揮できるようにしておきたい。

例えば、温冷浴。温かい湯と冷たい水に交互に入る。私は近くの銭湯やサウナのあるスーパー銭湯で行う。いずれにも、水風呂があるからだ。むろん、自宅でもできる。自宅には浴槽が一つあるだけで、水風呂はない。そのようなときは、水のシャワーを用いるとよい。温かい湯に5分ほど入る。そして、水風呂に1分。それを三回する。そして、最後に湯に3分ほど。すると、グルミューが回復したり、皮膚が丈夫になる。

ラップリンは、やはりホメオスタシスを大幅に改善してくれる。血液に含まれていた情報を脳にフィードバックしてくれるからである。


Kuroda Kouta (2009.07.01/2010.10.26)