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  新句(十九音) 作品集(2012年7月分)



明け方に足がつるのは、何故であろうか?


最近になって、明け方に足がつる。ふくらはぎが猛烈に痛くなって、動きさえ取れない。それ自身、病気ではないらしい。そして、その原因もいろいろ考えられる。

代謝説……代謝産物の異常による
脱水説……水分のバランス悪い
電解質説……血漿電解質濃度のバランスが悪い
環境説……寒冷・温熱の環境が悪い
神経説……神経系の異常反射
などが原因であるらしい。

とにかく痛いので、ゆっくりとさすって、何とか治るのを待ちます。


倒れないために、よい水、よい食べ物を!


ここのところ、ガンや循環器系の病気で倒れる人がいる。そしてその場合、還暦前後の場合が多い。私も妻も、すでに古稀を過ぎているので、いつ倒れても不思議ではないだろう。

そこで、よい空気を吸うこと、よい水を飲むこと、よい食べ物を摂ることに、注意するようになった。

空気は、放射能などで汚染されていないのが好ましい。水は、清冽な地下水。または、生ビール。ペットボトルのように煮沸消毒をしてあるものは、身体には好ましくないようだ。そして、食べ物は化学薬品が含まれていないもの。とくに外食をするときには、注意をする。身体のホメオスタシスを正常に保ち倒れないようにするためには、水や食べ物に気を付けなければならない。


何となくスターチャイルド、無気味な形。


奇妙な形の頭蓋骨が、メキシコの小村で少女によって発見された。その後、「スターチャイルド」(StarChild)と名づけられ、正体を突き止めるべく研究が始められたと言う。

ヒトとは異なるので、異星人もしくはヒトと異星人のハイブリッドであるらしい。「こうした奇怪な頭蓋骨は見たことがなく、こんな頭蓋骨を持つ生物は存在しない。」という学者もいる。

私(黒田康太)は、ヒトが置かれている時空間で、ヒトが意識できない空間、そして時間の間には、いかなる既知の常識とも合致しない事実が数多くあると思っている。
謎の奇形頭蓋骨 - 「スターチャイルド」は何処から来たか


ミクロメガスのシリウス星人、かなり大きい。

フランスの作家・哲学者、ヴォルテール(1694-1778)の小説。太陽系以外の人間として、シリウス宇宙人が登場。彼らは、その身長が30キロメートルもあって、地球に来たときに彼らの顕微鏡でも地球人をなかなか発見できなかったという。つまり、彼らにとって地球人は、小さくてリケッチャやウイルス以下の存在。

最初は、土星に行った。土星人は、身長が20キロメートルほど。その土星のアカデミー会員と親しくなって、二人は地球に来たのである。

地球に来たが、最初二人は生命の痕跡をなかなか発見できなかった。地上を調べ尽くした彼らは、やがて海上の船に気付く。そこで、船が知的生命体なのかどうかを調べるためつまみ上げ、爪の上に置いて拡大レンズで調べる。ようやく地球人の船員達は、ミクロメガスと対等に話ができた。


肉食の悪い習慣、直したくあり。


私は基本的にはベジタリアン。うすうす下記のような実態を知っていたから、今までなるべく肉食は避けてきた。君子ではないが、「庖厨(ほうちゅう)を遠ざ」けてきたつもり。

菜食を中心として、主食は玄米。自宅でする食事は、せいぜい出汁(だし)につかう煮干し、飯に振りかける小女子(こうなご)くらい。

しかし、考えてみれば菜食もどうであろうか。玄米も焚かれるときに熱いのではないだろうか。また、ニンジンやダイコンも切られるときや、煮られるときには、苦痛を感じるのではないか。さらに、例えば石や鉄なども割られたり、焼かれると苦しいのではないかとも思う。
生命の叫び 畜産産業の実態
映画 Earthlings [アースリングス]


食べ物の余り、お腹にしまう人あり。


食事をして食べ物が余ると、冷蔵庫にしまわずに、自分のお腹(なか)にしまってしまう人がある。とくに、女性に多いらしい。

しかし、それは間違いである。そのようにすると、カロリーオーバーになって、太ってしまうからである。面倒でも皿に盛って、冷蔵庫などにしまうのがよい。

いちばんいいのは、余るほど作らないことである。少なめに作ると、よいだろう。飽食の時代というが、少し食べたりないくらいの食事が、健康によいのかもしれない。


よくできた話ではあるが、事実だろうか?

よくできている内容だが、どこまでが本当だろうか? その中には、私の研究の​一部が含まれているので、数回見たのだが……。

首相や国防大臣に対して、「疑わしい勢力」に関する説明会を行う。しかし、たんたんと述べる説明で、内容に関する質疑応答などはない。地球上の重力が変わって、巨人族が滅びた箇所の説明は、何となくインドで合成された写真に似ている。説明者は、不可解な円盤の70パーセントは、人類製と言っている。また、1万5000年前や2万5000年前のUFOについても述べられる。

何となく信じて、ドン=キホーテになってしまいそうな内容。演説の後に、与那国の海中のピラミッドなどを含む映像がある。そして、うさんくさい内容ではあるが、最後には字幕による長いトレーラがあるので、つい全体が事実であると思ってしまうほど。
オライオン・コンスピラシー(日本語字幕版)


内部から政治や国を乗っ取る構図。


日本国には、すでに内部にスパイや国賊がいて、あらゆる場所に入り込んでいるという。新聞社やテレビ局、さらには国会議員の中にさえである。したがって、何ともまとまりの悪い奇妙な現象を生じる。

それと同じように私の身体の内部も、すでに乗っ取られた感じ。つまり、血管の中である。エイズや肝炎のように強力な菌ではないが、十日間ほど手術のために入院をした後に、おそらく多剤耐性菌アシネトバクターや緑膿菌・歯周菌・クリプトコッカスなどに住み着かれてしまって、どうも調子がわるい。

それらは、なかなか血液の中から出ていかない。おそらく、住み心地がよいから居座ってしまったのだろう。そして、私が死ぬまでは決して出て行かないのではないだろうか。
多剤耐性菌アシネトバクター・バウマニ


熱中症に、ならないように注意をしよう!


暑い夏には、熱中症が起こりやすい。体内に熱がこもって、目眩(めまい)や頭痛・吐き気などの症状を起こす。ひどいときには意識を失ったり、死んだりするので、注意が必要である。

高温・多湿の状態では、汗が発汗しにくくなって、体内に熱がこもってしまう。したがって、閉めきった部屋や浴室などにいるときは熱中症になりやすい。

熱中症を予防するには、窓を開けたり、エアコンや扇風機で、室内の熱と湿気を除く。日中はカーテンを閉めたり、簾(すだれ)などを利用して、直射日光を防ぐのもよいでしょう。汗をかいた場合には、水分を補給する。できたら、塩分やミネラルの補給も忘れないように。


生き生きとした血管を保っておこう!


動脈硬化など血管の衰えから、老化が始まると言う。そこで、いつまでも血管を生き生きとさせておきたい。

血管は栄養分や酸素を体内に運ぶ管である。また、老廃物を腎臓まで持ち帰る。先端では、非常に細くなっていて毛細血管になる。じつは、その先端にふつうグルミューという器官がある。動静脈吻合しとも言われるが、なくなってしまった人もいる。これは、温冷浴などで、回復することができる。

とにかく、血液は体内をサラサラと流れていないといけない。ドロドロしてしまうと、血管壁にプラークを作ってしまい、血流を悪くする。そして、ある日突然に心筋梗塞や脳梗塞を起こす。食べ過ぎ・飲み過ぎ・肉食などに注意して、生き生きとした血管を保ちたいものだ。


水枕・アイスノンなど、頭を冷やそう!


ヒトの頭は、かなり発熱をするらしい。ものを考えるだけでも、温度が上がる。とくに、夏場はいちじるしい。そこで、水枕やアイスノンが効果的。

頭を冷やすと、興奮した気持ちをおさえることができる。そして、気持ちが冷静になる。夏の寝苦しいときなどには、水枕やアイスノンをすると気分がよい。頭を冷やすと、何となく落ち着く。

おそらく、低温にすると脳細胞が働きやすくなるのではないだろうか? しかし、あまり低温にしてもダメかもしれない。つまり、涼しいくらいがちょうどよいのではないだろうか。


エウロパは、海があって生命があるか?


エウロパ(Europa)は、木星の第2衛星。1610年にガリレオ=ガリレイが発見した。ギリシャ神話のエウロペに由来して命名。表面は厚い氷に覆われるが、その下に液体の海があり、生命が存在すると言われる。

つまり、表面からではわかりにくいが、地球外生命の可能性が大きい。その海が、生物の存在を可能にするからである。

広大な宇宙には、独自に発展をした生物がいるかもしれない。そのような一例としてエウロパの内部にある海が考えられている。


バシャールの言うこと、すべて事実であるか?


バシャールの演説をYouTubeで聞いた。なかなか説得力がある。バシャール(BASHAR)とは、日本の精神世界やニューエイジを信奉する人々の間にブームを起こしたアメリカ人ダリル=アンカ(1951.10.12生)がチャネリングする宇宙存在のこと。

当時、チャネリングは一部の人に知られていたが、バシャールのチャネリングによってその認知は一挙に広がった。

オリオン座近くの惑星エササニに住んでいて、個人ではなく複数の意識が合わさったような存在。そのエササニは物理的には不可視であり、エササニ星人はテレパシーで意思疎通するため言葉や名前も存在しないという。
バシャール


過去・未来、場所も自由に、死後には行ける?


実際にあるのではなく、時間は脳のもたらす概念である。したがって、いわゆる死後には時間の制約を離れる。さらに言うと、脳は、「感じたり」「考えたり」するが、「気」を分担する意識があって、それは死後にも残るらしい。

つまり、実際に死ぬのではなくて、それまで機能をしていた脳が失われるのである。そう考えると、それまでの肉体や脳はなくなるが、まだ気が残っているから完全に死んだわけではない。

そして、そのような状態では、気が過去・未来、そして三次元の空間を自由に移動できる。いちいち移動をするのではなく、気が意識するだけでよい。そんなことが、最近になって何となくわかってきた。
臨死体験について...カール・ベッカー教授


古希過ぎて、足は衰え、気力失う。


古稀を過ぎたころから、足が衰えてしまった。かつて、20キロメートルくらい歩いても、へっちゃらだったのが、1キロメートルくらいで疲れてしまう。

さらに、悪いことには気力がなくなってしまった。そして、あまり遠くへ行かなくなった。行こうという気力が、なくなってしまったのだ。

そんなわけで、ムダなことには関係したくないという気持ちと、分相応なことしかしないという消極的な日々の生活になってしまった。とうとうダメになってしまった心と身体なのだろうか。


日の丸と似た国旗、パラオ・バングラデシュ。


かつて、どこかの国が日の丸のデザインを買いたいと言ってきたらしい。素晴らしい構図であるからだろう。しかし、現在ではパラオとバングラデシュが、日本の国旗と配色が異なるが似ている。

パラオ共和国は、太平洋上のミクロネシア地域の島々からなる。首都はマルキョク。国旗のデザインは、日本に因むと言い、月が空に出ている構図。

バングラデシュ人民共和国は、南アジアにあるイスラム教徒主体の国。イギリス連邦加盟国。首都はダッカ。インドの東側に位置し、かつて東パキスタンと言い、インド洋に面しガンジス川が流れる。バングラデシュはベンガル語で「ベンガル人の国」という意味で、世界で7番目に人口が多く、世界で最も人口密度が高い。(都市国家を除く)
パラオ
バングラデシュ


事実上、終わったような人生であり。


私の人生を考えてみると、もはやほとんど終わったような感じ。還暦を過ぎ、そして古稀を迎えてしまった。「古来稀れ」なのである。

そして、意欲やバイタリティーも失われてしまった。つまり、かつてのようにはやる気がしないのである。何となく、疲れた感じがする。

そんな意味で、何となくすでに終わったような人生でもある。積極的ではなく、何事も消極的になってしまった。つまり、いつの間にかすでに終わってしまったような人生なのである。


いつ倒れてもよいように、整理をしよう!


かかりつけの医者や開業医をしている知人は、かつて「お前は百歳まで生きられる」と言った。その当時は、顔色がよく、皮膚が輝いていた。

しかし、古稀を過ぎたころから、何となく調子が優れない。すぐ疲れちゃって、気力がないのである。

そんなわけで、ぼつぼつ身の回りの整理をしておこうと思う。いつ倒れてもよいようにである。


血管の中で、何かが動く気がする。


最初は足の上、ふくらはぎの辺りを小さい虫が這っているのではないかと思った。そして、虫眼鏡を使って見たりしてみても何もいない。おそらく、皮膚に近い静脈の中を何かが動いているのではないだろうか。

赤血球やミトコンドリアなども、動いているだろう。しかし、私の場合は緑膿菌やクリプトコッカスなどの強力な菌だと思う。それらは、エイズや肝炎の場合と同様に、かなり人体にダメージを与えるらしい。

私は、身体が丈夫だったせいか、なかなかダメージを受けなかった。しかし、古稀を過ぎたころから、何となく不調が目立ってきた。


無病でなく一病息災とは、よく言ったもんだ。


一つくらい持病があるほうが、長生きができるということらしい。なぜならば、完全に健康である人は、そのために不注意になって、かえって早死にしてしまうから。

その意味で、私は久しく慢性の糖尿病なので幸福なのかもしれない。そんなために、水や食べ物には細心の注意をしている。

そしてその糖尿病も、かなり重篤なものであるが、今のところ目も大丈夫だし、透析にもなっていない。むろん足の壊疽などはなく、ちゃんと歩ける。


かつて見たラレとラダンの生涯空し。


かつてケーブルテレビのディスカバリー・チャンネルで見たランとラダンの物語。まだ、私はパソコンがなく、YouTube動画ではなかったと思う。

ランとラダンは身体が結合して生まれた一卵性双生児。互いに優秀で、大学を出て博士号まで取得。そして、互いに身体を分割することを願う。

大がかりなチームが編成されて、手術が行われる。しかし、一方は手術中に死亡。そして、もう一人も術後すぐに死んだ。生まれて初めて、二人の人格として互いに別の棺に入れられた。父親は神がなせる技だと、寂しそうに謙虚に言った。
ラレとラダン


目がチクッ・脚がムズムズ、パラサイトかも?


最近になって、眼がチクッとすることがある。また、脚のふくらはぎの前側がムズムズとする。いろいろと考えてみたが、もしかしたらエイズや肝炎ではないが、他のパラサイトのせいかもしれない。

最初は、目の毛細血管に血液の固形物がつまるのかとも考えたが、そうではないらしい。むしろ、血管の中に住み着いてしまったパラサイトが原因ではないだろうか?

脚の血管については、下向きの場所では栄養物が少ないので、上に戻っていくのではないか。毛細血管やグルミューでは、クリプトコッカスや歯周菌にとって栄養物を摂取しにくい。それで、血管の中を遡って鯉の滝登りのように下から昇るのであろう。そのとき、皮膚の近くを虫が這っているように感じるのである。


たいがいのことはわかった、遅蒔きながら。


還暦のころから、いろいろなことを考えてみた。すると、いろいろなことがわかった。例えば、生前の生、死後の生などである。

それまでの常識を考えると、驚くような事実が明らかになったのである。そして、そう考えてみると納得ができる。例えば、生前の状態や死後の状態など。そんなことを考えると、もっと早くから対策を立てておいたほうがよかったかもしれない。

とくに、死後の状態は大切である。死んでしまえば、すべてがお終(しま)いであるから、何も考えなくてよいなどと考えること自体が、まったく愚かであることがわかった次第。


死ぬことは、脳と意識で違いがあるか?


ふつう死ぬと、すべてが失われるという。つまり、思考をする器官がなくなるからである。それでは、UFOの編隊を思わせるエチゼンクラゲなど脳のない生物は、どうであろうか? また、最近では脳がまったくない奇形児が生まれている。

私が思うことではあるが、脳と意識には違いがあるのではないか。ここで、意識を仮に「気」と言うと、脳と同じように「気」が「痛み」「痒さ」「心地よさ」などを感じているようだ。そして、脳が失われても、「気」の感じは空間に残るのではないか。

つまり、死んで肉体とともに脳が失われても、「気」が残る。その「気」は、ふつう私たちが置かれている四次元空間の他に、精巧に隠されている他の次元に存在しているらしい。そして、もはや肉体のない時点では重力などに支配されないので、時間などの次元には関係がなくなってしまうらしい。


多次元の空間にいて、気づかずにいる。


われわれは、ふつう四次元の空間にいると考える。前後・左右・上下の三次元と時間一次元を加えた次元である。

しかし、実際にはもう数次元が巧妙に隠されていて、多次元なのである。非常に薄い膜状になっているので、ふつう気づかない。

私は、そのように考えるのではあるが、さらに厳密な意味で考えると時間という概念自体も存在しないことになる。


世の中に、不思議なことが数多くある。


いろいろと調べているが、人知では理解できないような不思議なことや不可解なことが限りなくあるようだ。いままでの知識などでは、とても計り知れないようなこともある。

しかし、理屈や常識でなく、生まれもった本能や直感で考えると、何となく理解ができることも多い。例えば、死後の生命などである。

そんなわけで、あれこれと考えたあげく、最終的には自己の本能で考え、感じるしかない。なぜならば、次々と調べていっても、迷路になっていて解決できないことが多いからである。


結論を言ってしまえば、「ヒトは死なない」。


死の定義や脳の機能を明確にしないと、無責任なことは言えない。しかし何となく私には、死んで焼かれて、脳が失われてもすべてが終わりとは考えられないのである。焼かれる前に、脳が機能を失った時点でも同じ。

じゃあ、どういうことかと言うと、死んでもすべてが終わりではないと思うのである。つまり、次元の場から解放されて「気」が残るような気がする。「気」は空間の次元で重力に作用されない。また、時間にも作用されないのである。

簡単に言うと、いわゆる死んだ時点でも「気」が残って、重力に支配されずに、時間や距離を自由に行き来ができるのではないかと思う。


「黒蜥蜴」見れば懐かし、明智探偵。


六十年くらい以前のことだが、まだ私が中学生の時代に江戸川乱歩「怪人二十面相」シリーズをよく読んだ。子ども向きの探偵シリーズである。しかし、当時まだ乱歩には、「パノラマ島奇譚」のような大人向けの小説も多かった。

「黒蜥蜴」は、大人向けの小説であったから、中学生のときには読まなかった。つい先日、YouTube動画の「あなたへのおすすめ » 」に9本の動画(1:24:17)の1があったので、すべてを見た。出演には丸山明宏・丹波哲郎・三島由紀夫などとあったが、丹波哲郎と三島由紀夫は誰になって出ているのかがわからなかった。

ストーリが中学生向きではないものの論理の展開などは素晴らしく、それを明智小五郎探偵が解決していく。何となく中学生のときの読んだ緊張感なども思い出されて、素晴らしい映画であった。
Black Lizard (1968)


古希過ぎてグチってばかり、恥ずかしきこと。


古稀を過ぎたころから、何となく身体の調子が悪い。そこで、何事も消極的。さらに、悪いことにはグチっぽくなってしまった。若いころのようには、自信がないのである。

横井也有の『歎老辭』は、也有が五十三歳のときに書いた俳文『鶉衣(うずらごろも)』の後編にあたる。記述は、かなりショックなもので次のような件(くだり)があった。

<耳もとおくなり、眼はかすみ、四肢のふしぶしは痛むようになってしまいました。老人と話をして、まどろかしく感じたり、また老人をうとましく思ったのは、つい先日のような気がする> つまり、自分自身が老いたことを改めて認識をしたのである。


外食で、食べなくなった鰻とキムチ。


土用も過ぎてしまった。去年までは、毎日のように吉野家で鰻丼とキムチを食べたもんだ。そして、必ずサントリーモルツ一本も。かつて、大伴家持(おおとものやかもち)が石麻呂に、<我れ物申す、夏痩(や)せによしといふものぞ、鰻(むなぎ)捕り食(め)せ>と言ったそうだ。しかし、今年になってからは吉野家に、私はほとんど行かなくなった。したがって、鰻丼もキムチも食べていない。

はじめは鰻があまりにも小さいので、浜名湖辺りの格外品だと思っていた。それが、吉野家のホームページを調べると、すべて中国品だとわかった。そして、櫻井よしこさんの意見などを考えてみると、やめたほうがよさそうだと思ったのだ。

キムチについては、やらせかもしれないが、日本向けの製品を梱包するときに、中年の女性が唾を吐くYouTube動画があった。何となく、不潔なので以後は一回も注文していない。
櫻井よしこが視聴者に伝えたい中国
【拡散希望】不衛生な韓国産食品【K-FOODを食べてはいけない】


人生の不愉快なこと、蘇り来る。


「後悔先に立たずな」どと言う。すでにしてしまったことを後で悔いても、もう取り返しがつかないということ。物事をする前に、熟慮することが大切であるという意味。スピノザだったっけ、<後悔は二重の不幸>と言ったそうだ。

しかし、その後悔や不愉快なことが、次々と心に蘇ってくる。しばしば、いたたまれなくなってしまう。なぜであろうか。

楽しい思い出が、次々と思い出されたらよいのだが、その逆である。ときには、いたたまれなくどころではなく、気が違いそうになってしまうくらい。何とかならないもでであろうか。

Kuroda Kouta (2012.07.31/2012.07.31)