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  新句(十九音) 作品集50(2011年8月分)



何故に付きあい減らし、生きつづけるか?


入院・手術・そして退院。その後、自分自身の体調がおかしくなってしまった。院内感染というか、身体が失調してしまったのである。あれほど丈夫だったのに、すぐに調子がおかしくなる。呼吸が苦しくなって、咳が止まらなかったりする。

また、急にオシッコがしたくなったりする。しかし、トイレに行ってしてみると、少ししか出ない。おそらく自律神経の調子がよくないのであろう。

そんなわけで、人々との付合いがなくなってしまった。誘われても、同窓会やゴルフなどに行かなくなった。つまり、他人と付き合うのが億劫になったのである。とくに、コンサートなどは苦手。理由を言わず、桜ヶ丘のピアノの先生の発表会に行かなかったら、「私の演奏など聞いても意味がない」というように思っていると、誤解をされてしまった。仕方のないことである。


「生きている」実感よりも、「生かされている」。


毎日、自分自身が「生きている」のは事実であろう。しかし、私は「生きている」というよりも、何となく「生かされている」というような感じを受ける。あたかも、生け簀(いけす)の中で、調理をされる日まで生かされている魚のような。

それは、自分自身で自分自身の未来についての自信がないためかもしれない。また、思うようにいかないジレンマを嘆いているのかもしれない。いずれにしても、何となく自分が生きることについて、かなり以前に積極的な意思を失ってしまった。

なぜ、そんなことになってしまったのだろうか。若いころは、決してそうではなかった。おそらく、加齢によって考え方が変わってきたのかもしれない。自分自身の体力の限界を知ったからかもしれないし、知力のあさはかさを身にしみて理解したためかもしれない。


あきらめたほうが早いか? 身体の病気。


古希を過ぎたころから、何となく身体の調子が悪い。それが、2011年6月の半ばに太田事件があって、すっかり衰えてしまった。そんなわけで、今日現在(8月1日、月曜日)まったく疲れ切った状態である。

血糖値も最高値(2000mg/dl)を超えてしまった。本来ならば通院しなければならない値だが、何とか自分で治したい。病院へ行くと、前回の院内感染の問題が見逃されて、やがて表に現れてしまうだろう。

とどのつまり、もはや自分で治すしかないのである。そこで、思い切ってやってみることにした。もしかしたら、ムダなことをしていたり、間違ったことをしているかもしれない。さらに言えば、あきらめたほうが早いのかもしれない。しかし、何もしないよりはよいだろう。


秘書さんがくれたジュースは、ふくよかな味。


秘書さんがくださった赤色のジュース。薄めることなく、そのままで飲みなさいと言われた。そこでいただいた500mlを二分して、コップ一杯ずつを冷やして妻と二人でいただいた。残り半分は、明日の楽しみ。

梅をベースとした味であるが、あまりのおいしさに驚いてしまった。それは、ふくよかな味であり、さらに香りもふくよかである。炭酸飲料の味などと比べると、まさに雲泥の相違。その上品な味に対して、市販のものはいずれも劣っていると言ってよい。

秘書さんのお母上が、長いご経験の間に完成された味であろう。薄めてはいけないと言われた理由が、なるほどわかる。薄めても、反対に濃くても、この味は変わってしまうでしょう。それほど、バランスの取れた素晴らしい味なのである。私は、いただいたときに、何となくなつかしい気がした。しかし、その記憶がどこで培われたのかわからない。秘書さん、お母上、ご厚意に感謝致します。


命がけ、人体テスト、結果はいかに?


恐怖の大実験とでも言おうか、いま命がけの人体テストをしている。つまり、
(1) 喉が渇かなければ、水を飲まない。
(2) 腹が減らなければ、食べ物を食べない。
(3) 塩(海の精)を多量に摂る。
(4) 眠くないときには寝ない。眠いときに眠る。
(5) とくに、運動はしない。その代わり、立ち居振る舞いをこまめにする。
のようなことを自分自身で行って、確かめてみようと思う。

とくに、減塩が叫ばれているときに、塩を多量に摂るということは、もしかしたら健康上とても都合の悪いことかもしれない。『徒然草』に里芋ばかり食べていて、自分勝手なことをしている僧の話があった。その僧は健康であったようであるが、病気になると里芋を食べて治してしまうとも書いてあった。

いわゆる「かかりつけ医」のような感じで、1ヶ月くらい近くの医院に通うつもりである。ただし、先生には「糖尿病と高血圧の自己管理」という名目でお願いをしようと思う。人体実験をしているなどということは、とくに言う必要はないだろう。その結果、身体の状態に不都合を生じたら、その都度説明をしたらよいのではないか。


思いつくことを気ままに書き連ねゆく。


このプログは、大げさに「生きている証明」などと言う。しかし、単に「日々の慣(なら)わし」と考えてもよい。日単位の記述であるが、記憶の断片が残るので、備忘録やメモになっていたりする。

なぜ、ここで時間にこだわるのか。私たち生物は、時間を食べて生きているようにも思える。とくに人間社会では、すべてが時間によって動かされていく。そうは言っても、もともと時間などは存在をしないのかもしれない。私たちの活動や運動が、それの必要性をかもし出してだけにすぎないからである。

つまり、このプログはあまり堅苦しく考えないで、ただ思いつくことを気ままに書き連ねてゆけばよいのである。すると、時間の経過にともなった考え方の変化が保存される。


YouTube、それは一つの知的空間。


YouTubeを始めてから久しくなる。自作の未熟な動画をアップしてきた。いま現在で、118本の動画がある。他は、再生リスト460本、そして「お気に入り」と「後で見る」の仮保存ライブラリ若干。

すべて自作の動画であるから、問題は起こらなかった。しかし、ak4215part2さんのように、著作権の関係でアカウントが停止になってしまった人もいる。動画を他からコピーするときには、注意しなければならない。そんな意味で、私はすでにコピーされた動画を再生リストにする。しかし、その再生リストが著作権の関係で削除されてしまうことも多い。すると、私はその再生リストを削除するのである。

私の最多再生回数は、「バイエルの次に(12) やさしいラ・カンパネラ 【楽譜付き】で、今日現在で11,236 回である。このシステムを上手に使えば、知的空間の構築ツールになると思う。


なつかしい場所に行(い)きたし、命ある間に。


芭蕉の「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」ほどでもないが、何となく最近になって今までに行ったなつかしい場所に、もう一度行きたいと思うようになった。行きたいと思っても、異国になってしまった満州や台湾はムリであろう。

また、はるひ野駅前のように再開発をされて、すっかりパストラールの風景を失ってしまったような場所に行っても、仕方がないであろう。

かつてのように体調がよくはなく、ここのところ歩行や外出も、ままならない。それでも気分のいいときは、半日がかりでも行ってみたいと思う。さらに、体力や体調が衰えないうちに、名とか行って見たいと思うのである。


私には本は友だち、パソコン身内ち。


学生時代には、本をよく読んだ。まだ、パソコンなどのない時代である。せいぜいカセットテープがあって、講演などの録音をしたものを何回も聞いた。

それが、いつしかパソコンになってしまった。最近は辞書なども、すべてパソコンによる。また、グーグルやヤフーの情報を検索して、調べることも多い。地図などは、縮尺や場所の移動などが自在なので、パソコンのほうが便利である。グーグルのものは、航空写真のほかにストリートビューまで見ることができる。ありがたい話だ。

したがって、もはや私には「本は友だち」「パソコンは身内(みうち)」と言ってよい関係なのである。


ルンビーニ、マルガリータは、難解な語句。


ルンビーニ幼稚園とかマルガリータ保育園などがある。ルンビーニは仏教系経営の場合が多いが、マルガリータはさまざま。

ルンビーニ(ルンビニ Lumbini 藍毘尼)は、ネパールの南部タライ平原にある小さな村。釈迦の生まれた地で、仏教の八大聖地の一つ。

いっぽう、マルガリータは人名のようでもあるが、町田市では子どもの施設名に用いている。小山田にあるバット博士記念ホーム内の施設「マルガリータ」である。小山田の蓮池やバット博士記念ホームには何回か行ったが、まったく不便なところである。


衰えと言うのだろうか、萎え(なえ)かも知れぬ。


ここのところ、日々の疲れが激しい。太田事件の後は、もうまったくである。糖尿病のせいだろうか、眠りが分断されることも、疲れを増す原因のようだ。

もっとも、自分が古希を過ぎたので、それは当然のことかもしれない。身体にバイタリティーがないのである。群馬県の太田市を日帰りで往復すると、がっくりとする。私もそうであるが、悦子はもっと疲れるらしい。

身体が萎えてしまったのだろう。そして、そこへ精神的な問題が付け加わる。それは、一晩寝ても、回復ができないようだ。ひっくり返ってしまわないだけ、まだ救われているのかもしれない。夏の過労はバカにできないので、注意が必要である。


プラズマは火の玉、そして人の本質。


プラズマ(plasma)とは、高度に電離した物質の正イオンと電子とが混在している状態を言う。つまり、超高温において電子をはぎ取られた裸の原子核が飛び回っている状態のこと。生理学では「血漿」(けっしょう)。細胞学では「原形質」を言う。

さらに、「トキソプラズマ」のような形で菌の名前に用いられている。多くの分野で用いられる言葉であるが、私は「人の本質」や「人の死後の姿がプラズマ」ではないかと考えている。

確かに私たちの活動は、あまり早くない。しかし、それは人間の考えた時間系の中での早さの感じなのである。実際には、プラズマのような早さで活動をしているのかもしれない。何となく、そんなことがわかり始めたのである。


病みてより、なすべきもない日々続きたり。


高血圧と糖尿病にやられてから、それを治す工夫をしている。高血圧は上が220、下が200近くもあったのが、何とか上160以下、下95以下、つまり境界値まで下がった。しかし、糖尿病はまだまだである。食間に計ってみると、何と2000mg/dlも出ている。真っ青である。

腎臓の機能は、もはや回復をしないかもしれない。糖質制限食などで、何とかしなければならないだろう。もはや、闘病生活をやむなく続けている次第である。したがって、他の人生における計画などは、ままならない。

そんな日々ではあるが、もはや諦めた。太田事件があった後は、とくにそうである。生きながらえているだけ、運がいいのかもしれない。重度の糖尿病であっても、まだ失明もしていないし、壊疽になって足の切断もしていない。透析なども、まだ。はたして、その期間がいつまで続くかわからないが、その間に何とかライフワークを進めていきたい。


現実にあった話か? ソドムとゴモラ。


ソドム(Sodom)は、ゴモラ(Gomorrah)とともに、『旧約聖書』の「創世記」に記述されている都市名。実際に、死海南端付近にあったと伝えられ、そこの住民たちは、罪悪のためにゴモラとともに、神の火によって焼かれて滅びたという。罪悪に対する神の審判の一例として、聖書にしばしば登場する。

「天罰覿面」という言葉がある。この言葉は、悪事を働くと直ちに天罰が現れるという意味であるが、ソドムとゴモラの場合は、かなりの時期が過ぎてから天罰が下ったようである。

信心深いロトがツォアル町に避難すると、ヤハウェはソドムとゴモラを滅ぼした。ロトの妻は後ろを振り向いたので塩の柱になった。ヤハウェはアブラハムに配慮をして、ロトを救い出したのである。


横たえてみて知る、我の病みたる身体(からだ)。


横になってみると、つくづくと自分自身の身体の不調がわかる。血圧の不調と糖尿病のだるさである。それでも、血圧は6ヶ月ほどで何とか正常に戻したが、糖尿病は未だに治っていない。

いったん膵臓がダメになってしまうと、なかなか治らないのかもしれない。横になってみると、身体全体がだるいのである。つまり、栄養分が身体全体に回っていないのであろう。そんなことが、つくづくとわかる。何をするのも面倒になってしまった。気力がないのである。

「体調がとうとうダメになったなぁ」という感じ。太田事件のダメージは、大きかったと思う。身体のホメオスタシスまでが狂ってしまったのだから。糖尿病の症状かもしれないが、便秘・オシッコ過多・眠りの分断・激しい喉の渇きなど、すっかり生活まで変わってしまった。何とか、早めに治したいところである。


「けさ死んだ」、息子さんから電話連絡。


ちょっとわかりにくいかもしれない。息子さんから、「父親が今朝方亡くなった」という電話の連絡があったという意味。ただ、それだけのことであるが、私は驚いてしまった。

つまり、最初は「誰がどうした」かがわからなかったのである。なぜならば、その電話をしてくださった息子さんの声が、あまりにも亡くなった私の友人の声と似ていたからである。まったく、そっくりであった。

そんなわけで、本人が「死んだ」などというのを理解できなかったわけ。また、どうして「死んだ本人」が、電話をしてきたのだろうかなどと、一瞬だが不思議に思ったのは事実。相手の顔が見えなかったことも、勘違いをした理由になるだろう。


病みてより、いつしかなりぬ退廃の人?


糖尿病が重くなってから、何となく物事をするのが面倒になり、なまけものになってしまった。日々の生活が、退廃してしまったのである。ソドムとモゴラの人々ほどではないが、生活の規範がだらしなくなってしまった。

身体の変化としては、汗をかかなくなってしまったり、便秘になってしまった。食生活の点検をしたにもかかわらずである。闘病メモとして、正直にこの記録を残しておこう。

朝7時ごろ、ぶらっと部屋を出る。九頭竜神社に参拝して、かつて古茂川の流れていた道を歩いて吉野家。そこで、瓶ビールと朝飯。朝飯は、鰻丼・ライスカレーなど季節のものにするときと、それがないときは牛丼。そして、ミスドでアイスコーヒーとドーナット一つ。二カ所で一時間程度の外出であるが、至福の時間である。飯の用意をしなくてもよいし、皿洗いなどの後片付けをしなくてよいので気楽である。


気力なく疲れた状態、糖尿病か?


とうとう糖尿病の末期症状だろうか。何となく、身体が疲れてしまった。まだ、失明や透析はしていないが、何をする気もしない。もっとも8月で暑い日々が続いており、また太田事件のショックが残っているからかもしれない。

とにかく、体調がよくない。喉が渇いたり、眠れないのである。何となく、このまま行くとアウトになってしまうのではないかという不安がある。健康には自信があったのであるが、いつの間にか高血圧と糖尿病になっていた。高血圧は何とか治したが、糖尿病はそのままである。クスリによる方法ではなく、生活習慣の是正によって治そうと決心した。そして、ぼつぼつ始めているのだ。

その一例。朝食は抜く。昼は外食。例えば吉野家に行き、サントリーモルツ。そして、ライスカレーとコールスロー。ビールは、アルコール分5パーセントで容量500ミリリットル。粒選り麦芽100パーセント、そして天然水(深層地下水)仕込であるから健康にもよいのではないか。


目黒駅、目黒区ではなくて品川区。


地図を見ていると、妙なことを発見する。例えば、目黒不動尊や寄生虫館に行こうとする。そして地図を見ると、目黒駅が目黒区にないのである。そんなことはよくある。品川駅も、品川区でなく港区。

しかし、あまり親切でない行政区画である。何とかならないものであろうか。起点が他区にあるというのは、ちょっとわかりにくいからだ。また、目黒には「元競馬場」というバス停がある。しかし、現在はすでに競馬場もなく、まったくイメージが異なっている。

目黒駅から目黒不動尊にバスで行こうとすると、乗り換えなければならない。大鳥神社のところで、別の会社のバスに乗り換える。目黒駅から目蒲線で行くと不動前という駅があるが、かなり歩かなければならないので、私はいつも林試の森などとともに、バスを利用する。


うんうんと力むのはダメ、梗塞のもと。


「息まずに、ぬるりと出るを待つ心がけ。」が大切である。ウンコをするときにうんうんと力むのはダメ。力むと血圧が上がって、そのまま倒れてしまうことがあるからだ。とくに冬の寒い日には、要注意。

トイレは、和式よりも洋式のほうが好ましい。楽な姿勢になれるからである。また、冬にはヒーターが通っていて、暖かくなっていることが大切。腰掛けたとたんにヒヤッとお尻が感じるのも危険。なお、梗塞とはあまり関係がないかもしれないが、ウオッシュレットになっているほうがよい。なぜならば、痔になりにくいからである。

いずれにしても、高齢者になるといつ梗塞(こうそく)が起こるかわからない。脳梗塞や心筋梗塞などは、命取りにもなりかねない。そこで、トイレや排便の方法には、細心の注意をすべきである。


無為のまま、無意味で終わる人生なのか?


無為は、「ぶい」と読む場合と「むい」と読む場合では意味が異なる。「ぶい」は、「自然にまかせて何もしないこと」や「平穏無事なこと」。「むい」は、「何もしないで、ぶらぶらしていること」である。「無為(むい)に入(い)る」と言えば、出家をして仏門に入ることを言う。

無意味は、その言葉通り「意味のないこと」。価値がなく下らないことである。無意義やナンセンスと同じようなことであろう。

考えてみると無為であったり、無意味であることが多い。とどのつまり、私は何もわからないままに終える自分の一生なのだろうか。死んだら、どうなるかもわからずに。


すぐ疲れちゃって、トロトロ眠くなるとき。


最近は、都内に出ることが多い。聖蹟桜ヶ丘駅から新宿駅までは、京王線の特急か準特急に乗る。一時間弱の乗車であるが、私は文庫本を読むことにしている。行きはよいのであるが、帰りが大変だ。あちこちを回って、疲れている。だから、ついトロトロと眠気が襲ってくる。

本を読んでいても、考えが別のところへ行って、さらに眠りに引き込まれてしまう。ハッとして目が覚めるが、うかうかしていると降りる駅を乗り過ごしてしまいそう。

問題は、あちこち歩いて疲れが出てしまうことにあるらしい。知らない土地を歩くのは、楽しいし興味がつきない。そこで、つい力を入れてしまう。そして、かなり疲れて帰りの電車に乗る。始発駅なので、たいがいは座れる。そして、本を読み出すと……。


ゆっくりと読み直したい書が多くある。


今までに読んだ本で、もう一度ゆっくりと読み直してみたい書物がある。ただ読んだだけでは、また次のときに問題になる。多くある書だから、何がどこに書いてあったかを失念してしまうからだ。

そこで、考えたのが抜書きを作ること。記憶にとどめたい部分だけを集めて、サマリーを作っておく。すると、次に見直したいときはパソコン上で見ることができる。また、そのようにしておくと検索が簡単にできるので、引用するときに便利である。

そんなわけで、『荘子』『パンセ』『言志四録』『葉隠』『菜根譚』などを手始めにしようと思う。いずれもテキストを忠実に写すのではなく、自分自身の解釈で、責任をもてる範囲で改めていきたい。なかなか進まない作業であるが、まだ視力の大丈夫なうちにインプットしてしまおう。


ルパのパン、いろいろあって楽しくもあり。


私はコーヒーが飲みたくなると、ミスタードーナッツやルパに行く。食べ物は、ミスドでもエンゼルクリームのほか、いろいろあって楽しい。中でもオールドファッションは素朴な味がして、私は好きだ。また、エンゼルテディパン(くまホワイト 147円)があったら買う。そして、食べるときに熊さんが、ちょっと気の毒になる。

ルパ(Le repas)はフランス語で、「食事」という意味らしい。多くの種類の焼きたてパンが売られている。いずれにしてもルパやミスドで、短くはあるが至福のときが過ごせるのでありがたい。

私は、ルパではフレンチチーズ(140円)、博多明太フランス(230円)、カレーパン(140円)、ポンデケージョ(80円)などが好き。ただし、ポンデケージョはお腹がいっぱいのときに、一つだけ注文する。


身の回り、整理・整頓、日々死の準備。


古希を過ぎたころから、ぼつぼつと死の準備をしておいたほうがよいのではないだろうか。いつまでも生きられるなどと思うのは、愚かでもあり、滑稽でもある。また、死ぬことなどを考えないというのも、迂闊(うかつ)な話。

そこで、身の回りを見直してみる。『清貧』というテーマで書かれた中野氏の書物に、木阿弥の母だっただろうか、死んだときには行李の底に何も残っていなかったというようなことが書かれていた。存命中に、整理をしたからだ。私は、その女性のしたことに感激をした。

また、鎌倉時代に書かれた浄土宗の高僧についての短文『一言芳談』(いちごんほうだん)には、「糂汰瓶(じんだがめ)一つ持たない」というような心がけがあった。素晴らしい生き様だと思う。


宝物、シルバーパスはいつしかなりぬ。


シルバーパスを利用し始めてから、すでに数年が過ぎた。そして現在では、シルバーパスは私の宝物と言ってよい。打ち出の小槌とまではいかないが、それでも非常に便利で有りがたい。無料で乗れることはさておいて、小銭を持たないでよくなったので助かる。高齢者がバスの乗り降りのときに、いつももたもたするのを見ていたからだ。

それと、都内に行ったときには、たいがいバス路線があって、ターミナルの駅まで走っている。それも、一時間にかなり多くの本数がある。その都内のバスはたいがい無料。したがって、バスを乗り継いで行くこともできる。

都営地下鉄で、たいがいのところへ行ける。渋谷の周辺へは、ちょっと行きにくいが、工夫をすれば費用がかからない。そんなために、シルバーパスはすでに私の宝物の一つになったと言ってよいだろう。


地下鉄の大江戸線を巡り始める。


だいぶ前から、都営地下鉄の大江戸線(全線)の各駅を巡り始めた。

光が丘から始めて、豊島園、東中野と進めてきた。練馬春日町、練馬、新江古田、落合南長崎、中井など途中の駅は後回し。とにかく起点の光が丘から始めたので、ぐるっと回って終点の都庁前まで巡ってみたい。大江戸線は、全部で三十八駅あるので、やはり数ヶ月はかかるでしょう。ありがたいことに各駅で、「駅長のまち案内」というA4大の簡単な地図をくれるので大助かり。

大江戸線が終わったら、続いて三田線(西高島平から目黒)、浅草線(押上から西馬込)、新宿線(新宿から本八幡)そして都電(早稲田から三ノ輪橋)、さらに日暮里・舎人ライナー(見沼代親水公園から日暮里)と経巡(へめぐ)る計画ではあるが、……。ここのところ、ちょっと身体が弱ってきたので、なかなか進まない。


地下鉄か、バスか、プチさん、いずれがよいか?


シルバーパスになってから、私も都営地下鉄と都内のバスが無料で乗れる。ありがたい話である。そこで、都営地下鉄を利用するプチさん(プティ散策)と都内多摩地区のバスに乗る機会が増えた。

バスでは、八王子市内からあきる野市の武蔵五日市周辺まで行ってみた。すばらしいところが、いろいろあって楽しい。また、都営地下鉄は大江戸線を始めとして、各駅周辺のプチさんを始めた。これも、なかなか楽しい。

そんなわけで、都内に出て都営地下鉄を利用することが多くなった。そして、西へ出てバスを利用することもしばしば。都内へ出るときは、新宿まで往復(620円)が大きいが、その後はほとんど無料になるので、経済的に助かる。しかし、地下鉄の利用は何となく暗く、また空気などもよくないように思えるのだが、……。


われわれの社会はこどく、気付かぬままに。


現代社会の中に置かれたわれわれの状態は、こどく(蠱毒)とも言ってよい。互いに他を食い尽くして、強いほうだけが生き残る。「弱肉強食」と言ったり、「勝てば官軍、負ければ賊軍」などとも言う。つまり、強ければ何をしてもよい社会構造になってしまった。

そんな社会が、科学技術が発達をした現代社会には好ましいのであろうか。自由競争などと言って互いに他を淘汰しながら、強いほうが残って社会的に意義があるなどと思う。

そんなことが常識になってしまった現代社会は、現代の学校教育にも問題があろう。少なくとも人としての生き方を教えていれば、商社などの一流企業に入っても、そのようなことはしないであろう。常識までを麻痺させてしまう社会では、あまり先行きは明るくない。


老いてから、杖をつく人、目立ち始める。


「老いてから杖をつく」のではない。もともと杖をついていた人は、かなり多いだろう。

自分自身が古希を過ぎたころから、やたらに「杖をついている人が目につく」ということなのだ。若いころは杖を付いた人など、あまり気にしていなかった。しかし、自分が老人になって足を痛めてからは、「杖をついて歩いている人が多い」ということが改めてわかった次第。

加齢とともに、足の力は弱くなるらしい。バスの乗降のとき、よたよたよろよろしている老人が多い。とくに、シルバーパスの利用者は動作が鈍く、のろのろしている。バスの運転手は怒鳴りつけたりなどしないが、それでもよく我慢をしていると感心してしまう。あまり採算性のよくない客だから、かなり迷惑なのかもしれない。


ほどほどにすることもよし、老いた日々には。


若いころには何でも完璧にするために、大いにがんばった。知力はともかく、体力があったからできたのだと思う。また、少々のことでは、バテない身体であった。

それが、どうであろう。最近は何かすると、すぐに疲れてしまう。いつの間にか、そんな身体に変化してしまった。したがって、ムリはできない。

割り切ってしまって、完成が遅くなっても、ほどほどにすることにした。つまり、根(こん)をつめると体調を損なってしまうことがあるからである。老いてくるとムリができない身体になるとは、よく言ったものだ。そんなことを身にしみて、実感するようになった。ほどほどにすることの習慣を付けなければならない。そして、自分自身が老いてきたことも自覚する必要がある。


Kuroda Kouta (2011.09.03/2011.09.03)