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  新句(十九音) 作品集49(2011年7月分)



曾野綾子、有吉佐和子、多くを学ぶ。


曾野綾子や有吉佐和子は、勉強家だったかもしれないが、ここでは、私が曾野綾子や有吉佐和子から多くを学んだという意味。新句(十九音)では、自分自身で文の意味がわかればよい。生年の同じこの二人を覚えておきたかったことも、この新句(十九音)にした原因。

曽野綾子(そのあやこ 1931~ )は小説家。本名は三浦知寿子(ちずこ)で、夫は作家の三浦朱門(しゅもん)。各国を取材して、戦争・社会・宗教などのテーマで執筆。作品に「遠来の客たち」「神の汚れた手」など。「戒老録」には「もらうことを要求するようになった人を、何才からでも老人と思うことにしている。」「愚痴を言って、いいことは一つもない。愚痴を言えば、 それだけ、自分がみじめになる。」など。

有吉佐和子(ありよしさわこ 1931~1984)も小説家。「恍惚(こうこつ)の人」「複合汚染」などで現代の社会問題を描いた。「華岡青洲(はなおかせいしゅう)の妻」「出雲の阿国(おくに)」などがある。


脳のない動物もあり、例えばクラゲ。


クラゲ(海月、水母)のような刺胞動物は、散在神経系と言って、脳がありません。そして、その神経系の形で一方的に人間が高等生物か下等生物かを分類する。したがって、クラゲは下等生物ということになる。

しかし、エチゼンクラゲなどを見ていると、あたかもUFOの編隊のように行動している。下等などというのは、もしかしたら思い違いかもしれない。

死後の世界などを考えるのは、脳の働きであって、死んで脳が焼かれてしまえば考えることができないから、無意味になってしまうと言う。そこで、脳のない生物に考えが及ぶ。脳をもたない生物は、ホメオスタシスで制御されているらしい。人間でも、「いま血糖値が高すぎるから、インシュリンを膵臓に作らせよう」などと考えてするわけではない。


愚かなることの始まり、無知と恥。


無知と愚痴、そして恥。無知なるが故に愚痴(グチ)る。そして、結局は恥をかくことになるのである。その傾向は、老いてくると多くなる。

愚痴っても、何も始まらないことが多い。また、解決が近くなるわけではない。むしろ、目的に遠ざかってしまう。イソップにある「サワーグレープ」の話も、愚痴に近いかも知れない。自分自身を慰めることは必要であるけれども、事実を素直に認識してしまったほうがよい。

私は、加齢のせいか身体が疲れて仕方がない。そこで、つい愚痴る。若いときは、こんなんじゃなかったなどと。しかし、そう考えても疲れが癒えるわけではない。また、身体が若返るわけでもない。そこで、現実を認めて、対策をたてなければならない。


メモにする、記憶に残す、そんな断片。


新句(十九音)は、必ずしも芸術作品である必要はない。ちょっとした内容のメモ代わり、また覚えなどとする記事であってもよい。

メモ用紙などに書いておくと、それ自体を忘れてしまう。しかし、このように何となく作品らしい形態で残しておくと、後で見たときに思い出す。それ自体が、記憶のニーモニックとなるのである。

そんなわけで、他人が見たときに何であるかがわからないこともあろう。わからなくても、よいのである。記憶の断片は、自分自身のために必要であるからだ。そしてこの新句(十九音)は、手前味噌かもしれないが、そのような利用にも向いていることがわかる。


少しずつ整理をしよう、不要なものを。


いつも思うのであるが、何とも身の回りに不要な物の多いことだろうか。おそらく一生の間、それを使わないと思われるものがある。若いころは、それでも可能性を秘めているので、それらに意味があったかもしれない。

しかし、古希を過ぎてみると事態は変ってくる。つまり、ガラクタや不要な知識の中で生きていることになるのだ。ゴタゴタと身の回りに多くあるのは、何とも煩わしくなってくる。

『一言芳談』に、「糂だ瓶(じんだがめ、「だ」は米偏に「太」)一つももつまじき」というような後世への戒めの記事があった。また、欲しがるよりも「捨つるが大事」とも。そこで、私も不要なものはばつばつ整理をしてゆこうと思う。もしかしたら、自分自身が不要となるかもしれない心配をしながら。


いつ見ても美しくあり、富士の姿は。


私の部屋は、超高層建物の十二階。それでも、まん中ぐらいの高さである。晴れた日には、富士山がよく見える。曇っている日も、うっすらと見えることがある。さすが、雨や雪の日は見えない。

冬期は、真っ白である。雪を冠(かむ)っていて、とくに美しい姿。しかし、夏になると雪は消える。それでも、背景に馴染むことなく目立っている。夕方には赤富士とでもいうのであろうか、何とも言えない美しさだ。

富士山が美しいのは、その形にあるのかもしれない。とくに、山頂の部分が少し平らになっている台形のフォルムと、裾野の広がり方がよいのではないだろうか。もしも、頂上が尖(とん)がっていて、斜面もピラミッドのような直線であったなら、感じ方が変わってしまうだろう、と私は思う。


恥ずかしい存在である自分があわれ。


今さらではあるが、自分自身のことを考えてみると、まったく恥ずかしいかぎりである。何をやっても満足にできない。また、やったことが中途半端。いいかげんに、我ながらいやになる。

しかし、少しずつでも考えをまとめていこうとしていることも事実。そんな中でいやになって、自分があわれであることが、もう一つ。それは身体というか、健康に関してである。

若いころは、まったく考えていなかった問題が身体に起こる。考えてみれば、すでに古希を過ぎているから、それはいたし方がないのかもしれない。元来、遺伝子はこのような長寿を過去に予想していなかったらしい。そんなことが、次第にわかってきた。あきらめてしまったほうが、早いのではないか。


われわれの皮膚は、生死を左右するもの。


われわれの皮膚で閉じた空間が、生体である。そして、それは生命でもある。その皮膚が、少しでも破れると痛い。バイ菌が入ったりするとアウト。次々に新しい皮膚ができるので、古い皮膚は上層に押しやられ捨てられていく。仏教の筏(いかだ)の話を思い出してほしい。

不要な物は、捨てるという考え方。アラブの人たちは、どこへでも唾を吐いたり、小便をするらしい。砂漠に住んでいた習慣だろう。したがって、ホテルではどこへ行っても泊めようとしないということだ。

ケラチン、真皮、表皮がある。基底層の細胞が分裂をしても、表皮へは向かわない。指紋は表皮にあるが、真皮で作られている。疣(いぼ)や瘤(こぶ)などもある。数十兆個の細胞も、最初は一つの卵子から始まった。1グラムで、ほぼ10億個の細胞がある。


たいがいは思いついたら、すぐに実行。


たいがいのことは、思いついたら忘れないうちに、すぐに実行する。むろん、いっぺんにできないこともあろう。そのようなときは、次の日に続きをすればよい。

何事も、着想が大切。思いついたら、すぐにすることが発展をするチャンス。しかし、現実に不可能なことも多い。例えば、家を建てることなどだ。そこで、まず家の設計図を書くのもよい。『発心集』の「貧男差図ヲ好ム事」に、貧しい男が荒れ果てた寺で、広大な屋敷の設計図を書いている話があった。

つまり、すぐにできないことは、いろいろと考えたり、計画しておく。少なくとも忘れないように、メモをしておくとよいだろう。この新句(十九音)にも、備忘録のような機能があると思う。


見知らない土地を歩くと、小さな発見。


今までに行ったことのない土地を歩いていると、小さな発見があって楽しい。まだ見たことのないものがあったり、また珍しいものもある。景色そのものが見慣れた場所ではないから、斬新なイメージを与える。

もしかしたら、もう見ることのない景色かもしれない。つまり、自然や風景との一期一会である。次回に行ったときには、すでにそこになかったり、変わってしまっている場合もある。

そんなわけで、見知らない土地を歩くことには、大きな楽しみがある。しかし、必ずしも歩く必要はない。バスに乗って、窓から景色を見ているのも楽しい。若いころ、自分の車でたいがいの場所は走った。したがって、何となく記憶に残っている道がある。風景が大きく変わってしまっても、かつての面影をまだ残していることが多い。


人間の身体(からだ)は、中途半端が多い。


私たちの身体に、病気や故障が多いのはなぜだろうか。人間は神に造られたので、完全だと思っている人も多い。しかし、この世の現状を見ると、何となくその確信が失われてしまう。

何のことはない、トポロジー的に考えると「人間の身体は一本の管(くだ)または筒(つつ)」と同じ。それに直立歩行をしたため、梁(はり)である背骨を柱として用いるようになった。そんな構造変化をなしたために、「病の器」になってしまったのではないか。仰向けに寝るなど、自然界においては「どうぞ、私を食べてください」というようなもの。まったく、不自然な生活になってしまった。

神が創って完全ならば、「三つ目がとおる」やさらには蜻蛉(とんぼ)の複眼、さらにはふた口女やろくろ首のような形になったかもしれない。


最近は度忘れ多く、記憶も曖昧。


何となく、心配である。ここのところ、度忘れが多くなったみたい。人の名前や場所の名称が、すぐに出てこないときがある。思い出そうとすると、頭が痛くなってしまう。

また、記憶も何となく曖昧(あいまい)になってしまった。「確か、こうだ」などと思っていても、調べなおすと違っていたりする。また、まったく別テーマの内容を勘違いして、そのことだなどと考えてしまう。

失念があったり、人名・地名を思い出せなかったりすると、ぼつぼつ痴呆症やアルツハイマー病の初期症状が出ているのではないかと心配である。古希を過ぎたのであるから、仕方がないのかもしれない。しかし、体力や免疫などは衰えても仕方がないが、記憶力だけは何とかして、いつまでも正常に保っていたい。


「もうダメだ」「絶対ダメだ」などと言わない。


不思議なもので、そのようなことを言うと、本当にダメになってしまう。つまり、自己暗示が働いてしまうためかもしれない。だから、どんなときにでも逆に「絶対できる」「うまくいく」と考えれば、成功することが多い。

上杉鷹山の「なせばなるなさねばならぬ何事も ならぬは人のなさぬなりけり」や一部の『正法眼蔵』にある「切に思うこと必ず遂ぐるなり」などをそのようなときには思うとよいでしょう。

そもそも、人間の潜在能力はかなり大きなものであるから、気持ちのもちようで結果が異なってくるのは明らか。したがって、自己暗示を可能性が大きくて好ましいほうにかけるとよいのではないでしょうか。悲観的になってしまうと、気持ちまで暗くなってしまうので、絶対に諦めてはいけません。


「もうダメだ」「もう終わりだ」と言ってはいけない。


なぜならば、自己暗示が働いて、ほんとうにそうなってしまうからだ。私たちはどんなときにも、希望をもって前向きの姿勢で事に当たらなければならない。一縷(いちる)の希望であっても、心理的には大綱(おおづな)と同じ。

私は、『蜘蛛の糸』という小説を思い出す。また、ペテロの母が地獄に落ちた物語も印象的。

私はカンダタでないし、むろんペテロの母親でもない。したがって、そのときの気持の動揺はわからないが、何となく自分だけが救われたいという気持は、問題があると思う。しかし、究極の場合はどうであろうか。サッタ太子や雪山童子のような崇高な神経をもっている人は、少ないのではないかと思う。


ふと思う、見知らぬ土地も懐かしくあり。


初めて歩く見知らない土地で、ふと何となく懐かしい気持ちになることがある。かつて、ここを歩いた経験があると感じるのだ。もしかしたら、それは既視感(きしかん)やデジャビュと呼ばれる現象かもしれない。

考えてみると、どこへ行っても自然や風景は、大きな変化はなく似たり寄ったりである。だから、前に体験したような類似パターンを見出して、それを同じと感じるのかもしれない。脳には学習機能があるから、分類をして体系づけることを瞬間にするのであろう。

私たちは、広く似た環境の中で生きてきた。自分だけでなく、自分に至らしめた祖先の人たちすべてをその中で生かしてきたのである。したがって遺伝子の中に、すでにそのような記憶が組み込まれているのかもしれない。


なかよしの大岩さんが言いしことども。


仲がよかった大岩さんが、亡くなってから久しい。なぜか、最近になって彼が言ったことをふと思い出すことがある。それが、かなりしばしばなのだ。もしかしたら、私も大岩さんが亡くなった年齢に近くなったためなのかもしれない。

いっしょに旅行などもした。旅先でも、いろいろと教えられることが多かった。例えば、「うめたつ人形」などについては、まったく知らなかった。梅宮でさえ、妻が「はぐれ刑事純情派」というのを見ていて、教えてくれるまで知らなかったのである。むろん、マリアンも。

そのような次第で、ささいなことでも彼が言ったことを思い出すのである。その時点では、私にとって新しい知識であってことが、なぜか今となっては何となく思い出となって、なつかしく鮮やかに蘇(よみが)えってくる。


トラブルの起きやすい日は、土・日と祝日。


今までの体験から、何となく土曜日・日曜日、そして祝日に事故やトラブルが多いような気がする。人が多く出る賑(にぎ)わいの中では、どうしても問題が発生しやすいようだ。人には、それぞれの考えがあるから、それらがマッチをしないと争いになる。

そんなわけで争いの嫌いな私は、なるべく土曜日・日曜日、そして祝日には出かけない。部屋にいて、パソコンをしたり、読書をしたり、CDの音楽を聞いたりする。

しかし、腹が減って仕方なく、食堂や喫茶店に行くこともある。いずれも隅の椅子で、静かに過ごす。多くの客が大声ではしゃいでいたり、言い合いなどをしている。しかし、私にはあまり気にならない。ふだんの日と、少し違う感じであるが、とくに満員というわけではないから。


文学としてはお粗末、日々の断片。


このプログは、「日々記憶の断片」というタイトルが付いている。そして、サブタイトルに「生活の知恵」。記憶の断片には間違いないが、生活の知恵にはほど遠い。かつて、謝国権「性生活の知恵」という本が話題になったが、このプログには話題になるような目新しいことは少ない。何となくダラダラと続いている感じが否めない。

五七七で文体を整えているつもりではあるものの、むしろ自由律に近い形である。その結果、文学としてはちょっと舌足らず、単に個人用のメモに他ならない。それでも、少ない文字数で何とか記憶のニーモニックを作ることができるので、ありがたい。

饒舌で、多くを語る人がいる。私も本当は、もっと沢山の内容をここに書きたい。しかし、文才がないのでムリ。そこで、このような粗末な短い形になる。


文学の価値はないけどメモに有効。


この新句(十九音)には、あまり文学的価値はないだろう。五七七という形式の短詩形ではあるが、それは覚えやすい工夫をしたリズムである。

警句(アフォリズム)というのがある。短くて巧みな表現を用いて、真理を鋭くついた言葉や文のこと。諺(ことわざ)なども、それに含まれると言ってよいだろう。

そのような内容の言葉を思いついたときに、新句(十九音)の形にしておく。そうすることが、メモであり、記録なのである。作成をしたときは内容に関して承知しているものの、後になるとその趣旨がわからなくなる。そんなために、メモや記録として簡単な形でまとめておく。つまり、それ自体が「生きている証明」であり、「日々記憶の断片」である。そしてさらに、「生活の知恵」ともなるべきものなのである。


ないものをあると認識するは錯覚。


ドン=キホーテのように、対象を別なものと誤認することはあるだろう。しかし、実際にないものを実態として認識するのは、脳のからくりかもしれない。常識では、考えられないことだ。

ないものを恐れて、それに翻弄されることは実際によくあることだ。そのようなことは、ちょっと考えればわかることである。

また、対象を勝手に解釈したり、潜在意識で思い出す。花が咲いて、美しいと思う。しかし、多くの女性が性器をむき出しにしていたら、何と思うだろうか。ボスのトンネルなども、もしかしたら産道を通った記憶かもしれない。自分の意識で、ないものをあると考えたり、勝手に解釈するのは困ったことである。般若心経にある「空」というのは、ないものをあると認識してはいけないという教義ではないだろうか。


面白くない思い出が、なぜか次々。


なぜだろうか? 面白くない思い出ばかりが、次々と浮かんできて、自分自身を苛(さいな)む。あまり、楽しかった記憶や有頂天になった時間は多くない。些細なことであっても不愉快な面白くないことが、次々と思い出されて気分が暗くなってしまう。

考えてみると、古来から人生は苦労の連続であったのかもしれない。中には楽しいことばかりの人もいるけれども、それは非常に数少ないことであろう。たいがいは、うまくいかずに四苦八苦する。その結果、不快な心情や残念な記憶が残る。仕方のないことかもしれない。

いたたまれなくなるような気持ちになるのはなぜだろうか。思わず大声で叫びたくなることもある。しかし、叫んだからといって、どうにかなるわけではない。何とかならないものだろうか。


徒(いたずら)に時を過ごさず、独(どく)を慎(つつし)む。


『論語』の冒頭に「子曰(しののたま)わく、学びて時にこれを習う。また説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方より来たる。また楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。」とある。何とも素晴らしいことだ。『大学』に「小人閑居して不善をなし、至らざる所無し。」とある。そもそも、閑(ひま)を持てあますなどとは、もっての他であろう。閑なときが、人生の左右を決める時なのである。

獄中のような場所で、吉田松陰や河上肇は書物を読んだり、書いたりした。その結果が、後日を変えている。ガンジーも監獄を「自分の勉強部屋」と考えて、内省(ないせい)を深めた。だから、出所したら活動がいっそう充実した。正力松太郎はA級戦犯として獄中にあった時期に座禅をしたという。そして、出獄してから大事業を成し遂げたという。

以上は、渡邊師の貸して下さった『致知』にあった。「致知」は、朱子学では「知識をきわめて物事の道理に通​じる」こと。陽明学では「良知を最大限に発動する」こと​。格物致知(かくぶつちち)などと言う。「致知学」は、形式論理学のこと。明治初期に西周(にし あまね)が「​Logic」の訳語として、ギリシア以来の形式論理学を​我が国に紹介する際に用いた言葉。


どちらでもダメな選択、老いたる歩行。


万歩計を付けて、せっせと歩く人がいる。また、ほとんど歩かない人もいる。どちらがよいのであろうか。若ければともかく、高齢者はいずれもダメ。歩きすぎてもいけないし、歩かなくてもいけない。

鰐論法(わにろんぽう)ではないが、どちらでもアウトである。エジプトに、ワニに子どもを取られた母親がたのむ話がある。すると、ワニは「この子を返すかどうか当てたら返してやろう」という。しかし、「返す」と答えたら、「外れ。もう食べちゃった」。「返さない」と答えたら、「返す気だったが、外れたので食べちゃう」。つまり、いずれにしてもダメになる論法。

私は、「老いたる歩行」について、誰かが何かを言うと、なぜかこの鰐論法のことを思い出すのです。なぜでしょうか。


地図上で歩くシミュして楽しい時間。


「歩くシミュ」とは、「歩くシュミ」(趣味)と言ってよいかもしれない。実際には、シミュレーション(simulation)であって、あたかも歩いたかのような感じが得られるのである。

かつて私は十数キロも歩いたが、数年前に足を痛めてしまった。したがって、あまり歩けなくなった。せいぜい1キロメートルくらいが、いいところ。仕方なくパソコンの地図上で、あちこちを行ってみる。グーグルやヤフーの地図では、ドラッグして引っ張ると、どこまでも進める。つまり、道なりに進んでいくことができる。

おまけに、航空写真モードにすれば上空から見た景色がわかる。グーグルのものは主要道路のストリートビューというのがあって、道に沿って景色を見ることもできる。至れり尽くせりである。


きょうあすでないが、ぼつぼつ死の準備する。


突発的な事故にでもあわない限り、きょうあす(今日明日)に死ぬことはないと思う。しかし、すでに古希を過ぎたので、死の準備をしておくことが必要ではないか。つまり、いつ死んでもよいような心がけである。

人生五十年と言った時代があった。その時代には、七十歳などというと「古来希(まれ)」である。しかし、現在は寿命が伸びたので、高齢者がうじゃうじゃといる。私も、その中の一人である。中には、半分死にかかっているような人も多い。

そこで、死ぬことに関して、いろいろと心の準備をしておきたいと思う。まず、死とは何かを知っておくこと。つまり、死んだら自分がどうなるかという現実。あたかも、自分が引っ越し先の環境をまったく知らないままに、そこへ行って迷うようなことがないように。


老いてから、社会の隅で小さく暮らす。


社会の隅にいるから、ダメというわけではない。高齢者になってシルバーパスなどを利用しているときは、どうしても乗り物で遠慮せざるをえない。しかし、「隅」と言っても「国宝とは何だ? 宝とは道心だから、道心ある人が国宝だ。つまり、わずかな経典などは国宝でなく、ひと隅を照らすこと、これ即ち国宝なんだ」とも言う。

また、「隅の老人」という短編小説がある。バロネス=オルツィだったと思うが、「安楽椅子探偵」などとも言われる。なぜならば、隅の椅子で考えて、事件を解決するからである。

私は社会の隅で小さく暮らしているが、卑屈になっているわけではない。実は伝教大師(最澄)ほどは隅を照らせないが、オルツィくらいの推理ならばできないことはないと考えている。


楽しみは、ルパで焼きたてパンを味わう。


京王沿線にルパ(Le repas)というパン屋がある。聖蹟桜ヶ丘にもあり、場所を西口改札前に移してから、大繁盛である。かつて、大倉先生と行った北側通路のときは、あまり人が入っていなかった。店の位置は、来客数にかなり重要なようである。

それはともかく、焼きたてパンはおいしい。私は、とくに「フレンチチーズ」(140円)が大好き。しかし、それがないときは「メロンパン」(130円)や「博多明太フランス」(230円)を選ぶ。

飲み物は、アイスコーヒー(230円)またはアイスカフェオレ(260円)。それで、店内に30分くらいいる。一人のときが多いが、妻と一緒のときもある。店内から、改札を通る人を見ることができる。たまたま知った人が、こちらには気付かずに通り過ぎることもある。何とも、楽しい時間である。


楽しみは、早朝に行く吉野家の食事。


最近になり、自分で朝飯を作るのが面倒になった。そこで、七時前後に吉野家に行く。なお、吉野家・松屋・なか卯・すき家が部屋から五分程度のところに、二十四時間営業でやっている。朝に吉野家へ行くと不思議なことに、ほとんど客がいない。

そこで、朝飯とビールを注文する。朝飯は牛丼でなく、朝定食のことが多い。また、夏の期間限定で、鰻丼のあるときはそれにする。ビールは、よく見学に行くサントリーの府中工場でできたモルツ。深層から汲み上げた地下水を使っているので、とてもおいしい。

それで満腹して、いい気分になって、部屋に戻る。そして、少しばかり眠る。昼寝と言っては、すこし早い時間だが気持ちがいい。現職時代には、考えられなかったことである。千円以下で、このような至福の時間が得られることを何とも有り難いことだと思う。


食べ物に個人差があり、例外もある。


極端な話であるが、何も食べなくても生きていられる人がいるらしい。また、毎日酒だけを飲んで、元気に活躍した人もいる。

何も食べない人は、インドなどで話題になる聖者にある。光岡知足氏の意見では、腸内細菌の善玉菌がカロリーを生産してくれるらしい。いっぽう、酒だけの人は横山大観。

横山大観(よこやま たいかん 1868~1958)は、日本画家。岡倉天心や橋本雅邦に師事して、日本美術院の創立に参加した。岡倉天心の没後は、再興日本美術院を主宰した。朦朧体(もうろうたい)という画風を試みて、日本画の近代化に大きく貢献した。また、水墨画でも新境地を開拓した。大観にとって酒(三原市の「醉心」)が主食であり、米は一日を通じて朝お茶碗軽く一杯程度のもの。後は、全部「醉心」でカロリーを取っていたといわれる。そして、九十歳の長寿で往生した。


プチさんの場所、もう一度、訪ねてみたし。


かつて行ったプチさん(プティ散策)の場所に、ふっと行ってみたくなるときがある。記憶の中で、なぜか呼び戻されるのであろう。

芭蕉の『笈日記』「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」ほど激しくはないが、何となく懐かしくなって、もう一度行ってみたくなる。芭蕉は元禄七年(1694年)に「旅先で死にかかっても見る夢は、まだ知らぬ枯野を駆け回っている夢だ」と言った。

私は、そんなに大げさではないが、行ったところをもう一度訪ねてみたくなる。芭蕉ではなく、むしろ犯人が現場に戻りたくなる心理に近いのかもしれない。しかし、横着をして実際には行かずに、グーグルやヤフーの地図で見たりする。そして、さらにストリートビューや航空写真なども見て懐かしんだり、楽しんだりする。足が悪くなって、歩行にも支障をきたしたからである。


面白くないことばかり、なぜ思い出す?


私も古希も過ぎて、ぼつぼつ人生も終わりに近づいてしまった。そんな時期に、過去のことをしばしば思い出す。とくに、若かったころの思い出。しかし、どうしたことか楽しかった思い出は少なく、面白くなかったことの思い出が多くよみがえってくるのはなぜか。

記憶というのは、不思議なものである。あたかも文章で綴った物語の中で、ある部分だけを鮮やかに覚えていて、思い出がそこにつながっているようだ。その箇所になると、語句までが生々(なまなま)しく感じられる。

それが、単に人間の脳がもたらした感情などとは思えないのである。むしろ、全身がその中に入っているような生々とした感じである。面白くない記憶や、不愉快な思い出に、苛(さいな)まれることがないようになりたい。


Kuroda Kouta (2011.08.02/2011.08.02)