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  新句(十九音) 作品集48(2011年6月分)



願わくば、記憶とともに再生したい。


できることなら、次に生まれ変わるときには、前生つまり今生(こんじょう)の記憶や知識をもって、生まれ変わりたい。そんなとっぴなことを考えるのは、自分なりにわけがある。

今までは、赤ちゃんからすべてをやり直すのが人生だと思っていた。しかし、再生というのは一連の続きという意味をもつことが何となくわかった。今生のからくりを垣間見たからである。だから、何回やっても同じというようなことは絶対にない。

今生では、プラズマと言えば格好がいいが、むしろ線香花火のような人生であった。チロチロと、小さく燃えただけである。また、麻雀をやってハコテンになったようでもある。次の半ちゃんに期待したい。そんな意味の再生である。そのような素晴らしい再生をできる人が、百万人に一人くらいはいるようだ。私は、そのような人になりたいと思うのだが、……。


近道は、知ることよりも考えること。


実際の道もそうであるが、物事を処理するときに一般的なことである。確かに何一つ知っていなければ、進むことさえもできない。しかし、単なる知識の塊(かたま)りでは応用も効かないし、機転も利かないだろう。ある程度の基本知識があって、それを素(もと)に考えて結論を出すことが重要である。

例えば、「三角形の二辺の長さの合計は、他の一辺の長さよりも長い」ということを知っているでしょう。すると、道を抜けるには、三角形の一辺を求める。しかし、必ずしもそれがベストとは限りません。

なぜならば、いくら短い距離でも坂があったり、危険があるような道は避けるべき。やはり、安全で確実な方法のほうが、少しばかり距離が長くなっても、よいでしょう。知ることも大切ではあるが、そのときどきによって考えて結論を出す姿勢が、より好ましいのではないでしょうか。


何回か行ってみて知る、その土地のこと。


最初に行ったときには、勝手がよくわからないので、戸惑ってしまう。しかし、二回目以後は何とか道がわかってくる。どこをどう行ったらよいかもわかり、新たな発見などをする心のゆとりが生じる。

また、最初に受けた印象と異なった感じがすることもある。別の見方ができるようになっているからであろう。そんなわけで何回か行くと、その土地のよさがわかってくる。

プチさん(プティ散策)は、言葉通り「小さい散策」である。ごくふつうの散歩と考えてもよいが、いろいろと考えながら歩くこともある。逍遥(しょうよう)という言葉があるが、むしろそれに近い。気ままにあちこちを「そぞろ歩き」するのであるから、何回か行ってみると、いろいろなことがわかってきて面白い。


新たなる場所の楽しみ、後の楽しみ。


ちょっとわかりにくいことかもしれない。プチさん(プティ散策)で新たな場所を尋ねて見る楽しみ。今までに行ったことがないので、あらかじめ想像をする。すると、想像通りだったりすることがある。しかし思いもよらなかったほど違う場合もあって、自分ながら驚いてしまう。そんな楽しみもあるのだ。

後の楽しみは、何のことはない。昼過ぎまで歩き回ったために、少しばかり疲れて聖蹟桜ヶ丘駅まで戻ってくる。腹も減っているし、喉も渇いている。そこでたいがい、吉野家とミスタードーナツの梯子(はじご)をするのである。つまり、牛丼とビールの楽しみ。さらに、ドーナットとブレンドコーヒーの楽しみ。

もっとも帰ってから、行ったところで撮った写真の整理をする楽しみも残っている。忘れないうちに、整理をしないと忘れてしまうことがあるからでもある。


現実に、痛み・痺れが危険信号。


人間ドックに入ったり、高齢者健康診査を受けたら、私の場合、かなり多くの問題が出るに違いない。なぜならば、加齢によって身体のあちこちが悪くなっているからである。そして、それを治していったら残りの人生は入院か病院通(がよ)いになってしまうでしょう。

あたかも、中古車の調子が悪いからといって、修理をするようなもの。すべての不良箇所を交換したり修理をするのならば、むしろ新車に変えてしまったほうが早い。まぁ、ムリをしないで乗っているほうが、少々調子が悪くても便利である。例えば、タイヤが坊主になっていても、雨の日に乗らなかったら問題ない。当然のことながら、高速道路の走行は避ける。

そんなわけで、私は自分自身の身体に痛みや痺(しび)れがない間は、まだ安全だと考えて運転をする。むしろ、慣らし運転のときのように、一つ一つの行動にムリをしないのである。そんな毎日であるが、今のところ何とか安全に日々を過ごしている。


知的空間、構築をするときの楽しみ。


知的空間などと言っても、他愛(たわい)ない子供だましよのうなものかもしれない。それでも、よいのである。自分なりに、それが知的空間と思えばよい。

その知的空間を、何とか考えられる範囲で構築するのである。つまり、自分自身の置かれた場所を知って、それを取り囲む一つの宇宙観を作る。そんな空間が、それなりに知的空間なのである。

例えば、いま自分はどこにいるのか。そして、かろうじて生きているが、死んだらどうなるのか。そんなことを自分なりに、知っておく必要がある。例えば、自分の置かれた場所は、限りなく広い一つの面であって、実際には時間などない空間である。そして、死とは実際には面の裏に行くのではないだろうか。メビウスの帯のようになっていて、先端でねじれていて、自分自身が裏面に吸収されてしまう。そんなことが、何となくわかってきた。


考えることは、楽しい無限の世界。


知的空間などという。現実の世界では、いろいろな制約があって、思うようなことはできない。しかし、考えることには制約がない。あまり実行を伴わないからである。

そんなことで、あれこれと考える。『発心集』に「貧男差図ヲ好ム事」という件(くだり)がある。貧しい男が荒れ果てた寺で、広大な屋敷の設計図を書いている話。そんなことをしても、まったく現実性がないだろう。しかし、その男は一所懸命になっている。それが楽しい世界で、その中では可能性が無限に広がっているからだ。

したがって、そのような空想の世界であってもかまわない。そんなことは馬鹿げていると言われても、本人がよければそれでよろしい。回りの人に迷惑をかけない楽しい無限の世界は、それが夢幻であってもよいのではないか。


マイ・スペースと言うか、おのれの知的空間。


物理的な大きさは、まったく必要としない。しかし、知的な満足が得られるだけの空間は必要である。そして、それを構築するために日々努力をする。

知的空間を作り始めてから久しい。しかし、それはなかなか完成しない。砂上の楼閣という言葉があるが、まったく覚束ないのである。なぜならば、基礎のないままに家屋を建て増ししていくようなものだから。

横に広げるのではなく、上に継ぎ足していく。いきおい、不安定になる。その結果、崩れ落ちてしまう。そして、また基礎から作り直す。そんな状態であるが、それでもマイ・スペースとして求め続ける。おのれの知的空間があると、それなりに何となく心が落ち着くからであろう。


プチさんは、小さいながら探検である。


プチさん(プティ散策)は小さい散歩、そして私にとっては、それ自体は小さいながらも知的空間を広げるための一つの探検なのです。あまり遠い場所に行かないで、せいぜい半日でできる活動範囲ではあるが、それでもその中にいろいろと面白いことがある。

まったく知らなかった場所があり、今まで気がつかなかった建物などがある。寺院などは昔からあっただろうが、新たに建て直したり、まったくない場所に再建したところもあるようだ。

いずれにしても、過去には自分があまり知らないところに行くのであるから、新しい発見がある。それが大きくても、あるいは小さくてもよい。したがって、少なくとも今までの知的空間を広げてくれる探検とも言ってよいだろう。


いつ死んでもよいようにと、ぼつぼつ準備。


何となく、ここのところ健康に自信がなくなった。そこで、身の回りの整理などをしておくことに決めた。正直言うと、このような体験は二回目。前のときは、すべて整理をした時点で、治っていたのだ。

そのことは、「健康全般に関するQ&A(十問十答)」に書いてある。

ここでは、この新句(十九音)について、ちょっと蛇足をしておこう。
下の句「ぼつぼつ準備」は「じゅ」を一音と数えて、何とか七音。しかし、上の句「いつ死んでも」は一字余り。中の句「よいようにと、」は一字足らず。そこで、「上の句」と「中の句」をプラスマイナスしてOK。そんなふうに、新句(十九音)はフレキシブルなのである。


出家して逐電するも、生き方であり。


私は小心だから、出家したこともないし、逐電したこともない。しかし、鴨長明『発心集』を読むと、心が洗われる。なぜだろうか。また、『徒然草』第十二段「ひとりぼっち」についても何となくわかる。

以下は、『発心集』『徒然草』以外だ。人生には、やりきれない思いがあって、ある日おかしな衝動にかられ、奇妙な行動に出る。西行は、ある日突然縁側から娘を蹴落として、家を出て西へ向かったという。尾崎放哉も銀行支店長であったのに、突然に家出をして放浪の身になった。あるいは、芭蕉の心もそうだったのかもしれない。家族のことや、人間のデリケートな気持を詠んだ句が少ないように、私には思える。

『男たちの旅路』で、鶴田浩二が演じたガードマン。人生には、ある日突然に自分自身を失ってしまうほどの精神的ショックが来るのかもしれない。桃井かおりの若いころの姿が印象的であった。


隠遁の身の寂しさも、楽しからずや。


「寂しさ」が「楽しい」とは、いったいどういうことであろうか。私は、西行のことを思い出す。『新古今和歌集』巻六冬歌にある
<さびしさに たへたる人の またもあれな 庵(いおり)並べむ冬の山里>
である。

その意味は、「私(西行)と同様に、このような寂しさに耐えて暮らしている人がいればいいんだが。そうしたら、この山里に庵(いおり)を並べて住めるんだがなぁ。」

すべてを捨てて出家をしたわけであるが、自然の寂しさの中にあって、ふと人が恋しくなった西行の心の奥底が何となく感じられる。しかし私は、逆に開き直って、そのような状態が楽しいのではないかと思うのである。


寂しさに耐えて、孤独をあえて選びぬ。


西行ではないが、何となく世間がうとましく、自分自身の置き場所がないように思える。そこで、隠遁というか独自の空間を作るようになった。したがって、あまり人とは付き合わない。求められたら出向くが、自分からはよほどのことがない限り、人とは会わない。

そんなわけで「人間嫌い」ほどではないが、交際や付き合いをしなくなってしまった。その代わり、一人で出かける。いきおい、その場所も賑やかなところや観光地などを避けて、あまり人が行かないような場所になる。

私は松などの自然の植物に語りかけるほどは寂しくないが、それでも何となく孤独感を生じる。何もわかってくれない妻がまだ生きているが、それも孤独を紛らわせる原因にはならない。もしかして妻が死んだら、さらに孤独を感じるのかもしれないが、……。


面倒なことは、なるべく避けていきたし。


最近になって、何となく面倒なことをすべて忌諱(きき)したくなった。老いてきたからかもしれないが、もしかしたら人生観の変化によるものかもしれない。何もかも、いっさい煩わしく、したくないように思うことがある。

面倒なことの多くは、人とのかかわりによって生じるようだ。そうかと言って、現代社会で人とかかわりをもたないでは生きていけない。そこで、どうしても必要でない限り、自分からかかわりをもつことを避けるようになる。

そして、最小限のかかわりで日々の生活を送るようにする。ちょっと隠遁者のようであるが、そのほうが心が安らかである。あまり積極的に自分からはしないが、求められたら考えや方法を相手に説明したりはする。


隠遁の身に、なお残るうとましさあり。


世の中には、うとましいことが多い。うとましいは「疎ましい」と書いて、動詞の「疎(うと)む」を形容詞とした言葉。意味は、「いやな感じがすることを避けたい」。さらに、「気味が悪い。不気味」などという意味もある。

隠遁(いんとん)は、いわゆる俗世間を逃れ、隠れて住むこと。しかし、私の場合は、奥深い山中や辺鄙な田舎でなく、駅前にあるマンションの一室である。したがって「遁世(とんせい)」ではあろうが、「庵を結び隠遁をした」などという大げさなものではない。

つまり、付き合いを減らして、対人関係の煩わしさを避けようとしたのである。疎ましさは生きている限り、捨てきれないのかもしれない。それどころか、死んでも意識が残るのではないかと、私は恐れる。


したいこと次々ありて、日々忙しい。


すでに古希を過ぎて、残る人生もあまりないだろう。そんな時期になって、したいことが次々と出てくる。正直のところ、もはや気力や体力が、かなり喪失した。したがって、かつてのように精力的に仕上げていくことができない。

仕方のないことであると言ってしまえば、それまでであろう。日々忙しいのは事実ではあるがよく考えてみると、あまり必要でないことをしているような気もする。私の仕事には、後継者など必要ないかもしれない。

しかし、「小説の書き方」や「絵の描き方」、そして「作曲の仕方」など、それなりに理解した。そして、誰でもある程度までならばできることがわかった。そのようなことは、いちおうメモにしてある。しかし、今のところ確かめてくれる人は誰もいない。そんな事情の中で、自分が自分のために何かを新たにするというのは、あまり意味のないことかもしれない。


注意して、車椅子にはならないように!


車椅子の生活を見ていると、ずいぶん不便だと思う。歩けなくなって車椅子に乗るのだが、脳血栓などの循環器障害によっても歩けなくなることが多い。

自分で漕いだり、電動式のものに乗っている人もいる。すいすいと動き回る人もいるので、いちがいには不自由だと言えないかもしれない。しかし、ほとんどの人は誰かに押してもらっている。中には、目をつむってただじっとしているだけの人も見受ける。

私は何としてでも、車椅子にはなりたくない。しからば、どうすればよいのだろうか。今のところ、私は食生活に注意して健康を保持し、生活習慣を改めて問題がないようにする。そして、身体の衰えを防止するようにしている。何かよい対策があれば、教えていただきたい。


車椅子、何としてでもなりたくはなし。


最近になって足が萎(な)えてきたみたい。何となく歩くと痛みを生じるときがある。そして、しばらくは痛みで歩けなくなってしまう。もしかしたら、このまま歩けなくなってしまうのではないかと心配だ。

車椅子を自分の手でこいで、進めている人。電動のものをすいすいと走らせている人もいる。すごいと思う。しかし、ほとんどの人の場合は、誰かに押してもらっている。

私は杖や車椅子のことなど、考えたことはなかった。それが足の痛みを感じ始めたころから、何となく心配の種になってしまった。なぜならば、立っているだけでも膝に激痛を感じることが増えたからである。体重が、多すぎるのかもしれない。しかし、むしろ膝の軟骨が減りすぎてしまったことが、大きな原因であるように思う。


ないものをあると認める脳の不気味さ。


人間の身体は、分子からできている。その分子は、原子の結合体。原子は物質の基本的な構成単位で、最小の微粒子。その原子は、原子核とそれを取り巻く一個または複数個の電子からなり、1億分の1センチメートルほどの大きさ。さらに電子は、原子の内部で原子核の周りに分布している。

つまり、実際には限りなく小さなものの集合体が私たち。しかも、その集合体は疎(そ=あばら)である。

また、概念として「幸福」や「健康」なども考える。もともと、それらは一つの状態であり、恒久的なものではない。さらに、生老病死(しょうろうびょうし)や喜怒哀楽(きどあいらく)などの概念も、脳が作り出した幻影であろう。つまり、脳は一連の夢幻泡影(むげんほうよう)なのである。


気が違うのではないかと心配をする。


古希を過ぎたころから、何となく記憶力が弱くなった。度忘れなども、ときどきする。また、考えてみればうろ覚えのことが多い。

さらに心配なことがある。それは、気が違ってしまうのではないかということ。何でそんなことを心配するかというと、脳の記憶回路が正常に働かなくなって、コントロールを失ってしまいそうであるから。

気が違うと言っても、発狂をして暴れたり、叫んだりするのではない。正常な判断ができない状態になるんじゃないかと心配をするのである。そんなこと、健康であれば心配をすることなどないが、現代の食糧事情を考えるとムリで化学薬品の摂取量がかなり多い。食べ物だけでなく、食器を洗う洗剤なども要注意。体内の化学薬品は、次第に脳の機能をダメにしていくからである。


誰も見ぬホームページとブログのメンテ。


ホームページを始めて、すでに五年以上になる。しかし、その割には見られていない。つまり、訪問者が少ないのである。このブログも、そうである。

おそらく、内容が魅力ないもののためであろう。自分では、せっせとがんばって作ったものの面白くなくて、見るに値しないものである。それでも、自分自身では日に何回か見るのである。

「健康」と「老化予防」と「安心立命」をテーマとしたものであるが、それらは生きていく上に必要だと考えるのです。したがって最初は、健康でありたい人、老化予防を願う人、安心立命を確立したい人には、参考になるかもしれないと考えました。しかし、現時点では訪問者が少なく、自分自身のためにメンテナンスをしている次第です。


久々に護摩に参加し、こころ清まる。


私と妻は、とくに縁起をかつぐというわけではないが、一年に一度くらい高幡不動尊の護摩に参加する。堂宇には、不動尊の坐像左右にコンガラ童子とセイタカ童子が立っている三尊。かなり大きなものである。火を焚くので、仏像はすすけて落ち着いた色をしている。

季節が変わって妻が病気に負けないように、今回は身体安全の祈願をした。いろいろな願望があるが、健康・老化予防・安心立命などを願う前に、まず妻の身体安全を祈ったのである。

中央のお坊さまは緋の衣を着ていて、貫主というだけあって、なかなか厳かである。他のお坊さまは、緑色の僧衣だった。読経がすむと、簡単な法話があり、和やかな雰囲気であった。私たちは、何となく身体やこころが清まった感じがした。


われわれの未来は暗い、貧しき制度。


われわれと言うと、ちょっと問題があるかもしれない。年金生活者の私と妻にとっての言い分である。介護保険などについて、つくづく考えてしまう。現実を知ると、この国に未来はないのかなどと憂慮してしまう。

報道には、妻が認知症になったために管理職を辞めて、介護をしなければならなくなったビジネスマン。母親の介護をする人がいないので、大学を退学して看病にあたる娘さん。まったく、やりきれない思いがする。

日本の産業を一線で荷うサラリーマンや高度な学問をこれから修めて社会に出ようとしている人の足を引っ張るような精度は、そもそも間違っているのではないか。そんなことに甘んじなければならないような制度では、まったく困ったことである。私も妻も、今のところは何とか健康であるが、先行きのことを考えると気持ちが暗くなってしまう。


いっぺんにはできないので、少しずつする。


何事も、いっぺんにしようとすると、大変である。私は根(こん)がないので、途中で飽きてしまったり、いやになってしまう。したがって、大概のことは少しずつすることになる。

そんなために、いきおい「百舌の速贄」(もずのはやにえ)のような現象が生じてしまう。見苦しい限りであるが、仕方のないことである。「百舌の速贄」とは、モズが枝に突き刺しておく虫などである。おそらく、後で食べようとして忘れてしまうのであろう。それが、他の鳥たちの餌になるので「供物」のような感じとなって、そのように言うのであろう。

しかし、私の仕掛かり中原稿などは、見苦しいだけでなく自分自身でさえも、何がなんだかわからなくなってしまったものがある。つまり、何のために何をしているのかが、後になってみると理解ができない。なんとも、お恥ずかしいかぎりである。


「でん正」の下で、がんばる「陝右の人」。


これだけでは、いったい何のことかわかりません。だからここに、説明をしておきましょう。

高幡不動尊の山門に、阿(あ)と吽(うん)の仁王が二体、左右におられます。その向かって左側の仁王の横の柱です。そこには、かなり大きな「でん正」という千社札が貼ってあります。

その下です。「陝右の人」という丸い散華札(さんげふだ)が貼ってあります。実際には、「陝右の人たち」となっていますが、その散華札(千社札)のことを言っているのです。その札は、パソコンの剥離紙(はくりし)を利用していますから、あまり強力ではありません。そこで、左右からめくれて落ちてしまいそうなのです。それでも、正月三十万人の人を見守って、まだがんばっているようです。


つくづくとダメな自分に愛想がつきる。


何をやってもダメな自分に愛想がつきて、うんざりし始めたのが還暦を過ぎたころから。若かった時代は自分自身の可能性を信じていたが、加齢とともに体力が失われて、とうとう力の限界を感じるようになった。

そして、自分の能力がないことを知るとともに、決断力がなかったことも何となくわかってきた。確固たる信念で物事を進めればよいのだが、自分自身で自分を疑いながら試みるような悪い癖がついてしまった。

しかし、日々のワークに飽きてしまわないだけ、ましなのかもしれない。何かと投げ出したいこともあるが、それでも何とか続いているのは、根性のたまものだろう。ホームページやこのプログなども、実際には意味のないことかもしれないが、それでも「日々記憶の断片」などと言って、自分自身のノルマにしているのである。老化防止の一策として。


「疲れた」という状態が数日続く。


いったい「疲れた」ということは、どういうことだろうか。もしかしたら、疲労素のようなものがあって、身体の中に貯まるのかもしれない。金を貯めたら「金持ち」、疲れを貯めたら「疲れもち」であろう。その「疲れもち」になってしまった。

いつごろからだろうか。なかなか疲れが、取れないのである。金持ちが金を使ったら、金持ちでなくなる。だったら、疲れもちが疲れを使ったら、疲れもちでなくなるのではないか。しかし、疲れを使うとは何のことだろうか。

餓鬼がいくら食べても腹が減っているのと同じで、何となく身体の効率が悪くなったことを思い知る。あたかも古いバッテリーがいくら充電をしても、すぐに放電してしまうことと似ているのではないか。


健康についての話題、フォーラムでする。


自分の健康に関する話題などは、日本健康会というフォーラムで行うとよい。フォーラムは(forum)、古代ローマにあった集会場の広場のこと。それに因んで、パソコンのネットワーク内に設定された共通の関心をもつ者が集まる場所を言う。つまり、フォーラムディスカッションの略。

フォーラムディスカッションは、集団討議の一形式。示されたテーマに関して出席者全員が討議に参加する。古代ローマでは、この討議方式が行われたという。

日本健康会は、健康についての話題をフォーラム形式で行う。健康や老化予防、さらに安心立命などは、個人差が大きいのでいちがいに結論は出ない。そこで、多くの人の意見が必要になる。そして、その中から妥当な結論が出てくる。ちょっと公開討論会と似ている。


散歩して、焼きたてパンを食べる楽しみ。


小さい散歩をする。かつては、かなり遠いところまで行ったが、最近になって遠いところまでは行けない。足が弱くなったからである。

せいぜい、多摩川の堤防を散歩する程度。そして、帰りには吉野家かルパに寄る。吉野家は、ふつう牛丼。夏場には、鰻丼がある。ルパでは、焼きたてパン。アイスコーヒーとともにいただく。ルパでなく、ミスドのときもある。さらに、吉野家とルパまたはミスドの梯子をすることもある。

何を食べても腹が減っているときは、とてもおいしい。食べながら、いろいろなことを考える。とても、こころが安らぐ時間である。


愚かさが争いとなり、すべて失う。


人間の欲望には、キリがないのかもしれない。イソップだったろうか、「肉をくわえて川を渡る犬」というのがあった。自分の姿が水に写って、その口にある肉が大きく見えたので、奪おうとして吠えた。すると、自分自身の肉が水中に落ち、流れていってしまった。」という。

つまり、自分自身のものに満足をしないから、次々と欲望が広がる。個人の場合もそうであるが、国家間でも起こる愚かしい問題である。

他人に取られないために、軍備を拡張する。その費用が、バカにならない。いきおい、国民の生活を困窮させる。むしろ、取られてもよいくらいの覚悟をしたほうが、よいのかもしれない。無抵抗なために侵略を受けて、国際間で見放されるような国であれば、その国の存在自体が、すでに意味がないかもしれないからである。


Kuroda Kouta (2011.07.01/2011.07.01)