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  新句(十九音) 作品集43(2011年1月分)



新しき年を希望で迎える習い。


とにかく、新しい年を迎えたので、ことほぎまつる。ここのところ、私は毎年のように「今年こそは」と考えてきた。あまり変化のない年であったが、それでも近くの寺院で除夜の鐘を突き、そして市内にある延喜式神社に初詣をする。

大きな事件もなかったが、そうかと言って、よいことばかりではない。いちばん問題なのは、身体が衰えてしまって、体調が次第に悪くなっていくことである。

しかし、寺院で鐘を突いたり、神社に参拝できることは、まだ幸せな段階かもしれない。知人には寝たきりの人やアルツハイマー病になってしまった人がいる。そういう人は、外出も不自由でままならない。まだ動けること自体ありがたいことと考えて、今年も一年が始まる。


「メリクリ」と「あけおめ」続く、年末年始。


年末から年始にかけてTwitterやついっぷるを見ていると、「メリクリ」や「あけおめ」という言葉が目立つ。むろん「メリクリ」は「メリークリスマス」、「あけおめ」は「明けましておめでとうございます」の略。

わかりやすくて、簡潔な表現なので「なるほど」と思う。おそらく、数年後には「朝一」などのような標準語になっているのかもしれない。日本では、はやってしまえば辞書に載る。フランスのように、アカデミーで認めた言葉以外は公式には使えないのと比べると、国語自体を国が大切に考えていないのかもしれない。

私は、「年金生活者」を「年生」、「http://www.riksys.com/」を「どめいん」としている。なぜならば、インプットの手数を省くためである。したがって、その読みで漢字変換辞書に登録してある。


叱ること大切であり、とくに幼児期。


現代の親は、あまり子供を叱らない。叱らないというよりも、叱れないのではないだろうか。学校でも、そのようである。いきおい、わがままな子や身勝手な子が増えてしまう。また、善悪の区別さえつかない子どもも多くいる。

いったい、どうしたことであろうか。電車の中や公共の場所などで、子どもの身勝手を見てみぬふりをする。敗戦後に自信を失った親たちが、子を正しく躾(しつけ)られなくなったり、GHQの指導を履き違えた教育者がいたりしたからであろう。

しかし、子どもは『万葉集』にある「子にしかめやも」のように、社会の宝物である。したがって、誰もが正しく注意をして正しく育て上げなければならない。『論語』にもあるように、「義を見てせざるは勇なきなり」になってはいけない。渡邊師は、若い人の無礼をしっかりと注意されるようである。


ラップリンしすぎるとダメ、帰還大きく。


ラップリンには個人差があるが、いずれにしても量が多すぎると効果が薄れてしまうようだ。負帰還(NFB=ネガティブフィードバック)の特徴は、バランスを保つことが大切。つまり、多すぎると収斂をしないで発散してしまう。

発散は、発振と同じでコントロールが利かなくなった状態。ほとんどの物事に適量があって、多ければそれでよいというものではない。

オシッコは、あまりおいしいものではないから、少しであれば好都合。具体的に言うと、小匙(こさじ)に半分くらいを啜(すす)る程度でよいでしょう。そのときに、味をみることも大切。なぜならば、甘いときは糖尿が出ている可能性、塩辛いときは塩分の取りすぎの傾向がある。健康の状態が、味でわかるのである。むしろ、味のないときのほうが体調がよいのではないか。


何のため何をしてるか、わかっていない。


正直のところ私は、自分が何のために、何をしているかがわかっていない。つまり、いまだに生きている意味の理解ができないのである。そこで、ただ「生きているから、生きている」と考えるしかない。

もっと正直に言うと、私は「生きている」のではなく、「生かされている」のではないかと思う。いつも、何かをしているときに、「そんなことをして、何になるのか?」と考えてしまう。「魚籃観音の研究」などが、いったい社会に有益なのだろうか、意味があるのだろうかなどと、……。

あまつさえ、もっと本質的な不安がある。それは、例えば「ニワトリが飼われていて、そのことに気付いていないのではないか」というような、懸念である。そんな葛藤の中で、自分自身が日々何のために何をしているのかが、まだわかっていないのである。


着るというよりも着られる感じは病(やまい)?


ふつう私たちは衣服を着ているが、そんな感じはあまりしない。しかし、ともすると肌の周りに着物があるのを何となく感じることがある。つまり、自分自身の身体がシャツやパンツの入っているという感覚である。

それは、そもそも肌に付ける衣服が、反対に衣服の中に肌が納まったという逆の気持になる不思議な状態。なぜならば、身体自体が自分の意識の中に置かれたことになるからである。

そのようなときは、私の場合、身体全体が不調であるときが多い。何でもそうだと思うが、ふだん感じないことを意識するときは、知覚神経が普通ではないことがある。だから、ことさらに衣服を意識したり、その中に入っている自分自身を感じたりするのであろう。本来は、衣服と自分は一体で、その境目をあまり意識しないのが、ふつうである。


存在をすること自体、罪でもあるか?


自分が存在をしていること自体が、すでに罪であるのではないかというような錯覚と懸念。つまり、多くのものの犠牲と消費のうえに成り立っている私たちの日々の生活であるが、金さえ持っていれば何でも買えて、贅沢できる現代である。そんなことがふつうになった世の中で、存在が罪などと考える馬鹿はもはやいない。

しかし、サッタ王子の話や雪山偈などを考えると、過去にはものすごい人がいたと思う。キリスト教でもしかり。フランチェスコなどもその一人ではないか。

食べ物に関しても、謙虚さを失ってしまった。「五観の偈」(ごかんのげ)では、食事の都度「多くの人が働いてこの食事ができたが、自分はこれをいただく価値があるか」「食事を良薬と考えて、これを自分の完成のためにいただく」などと考える。しかし、もはやそんなことをする人は少ない。私の知っている範囲では、渡邊師とシスター三田くらい。


なせばなる切に思いて、なさねばならぬ。


道元の『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう)だったか、孤雲懐奘(こうんえじょう)『正法眼蔵随聞記』だったか忘れたが、その一部の版に
<切に思うこと、必ず遂(と)ぐるなり>
という驚くべき言葉が、書写をした人によって書き加えられている。

孤雲懐奘(1198〜1280)は比叡山の僧だったが、いさぎよく道元の弟子になり、後に永平寺の第二世となった人。最初の問答では道元に及ばなかったものの、後には師より優れたのではないかと私は思う。あまりよく知らないが、懐奘の一連の行動は、旧約聖書『コヘレットの書』にある
<畏(おそ)れは智慧の始まり>
という言葉を何となく私に思い出させた。

また、この新句(十九音)の下の句「なさねばならぬ」の意味は、熊沢蕃山と違って「しなければいけません」という意味。つまり、自分の可能性を絶対に諦めてはダメなのです。


パソコンは、どうしても眼を酷使、疲れる。


YouTubeなどで動画を見たり、音楽を聞いているときはよい。しかし、ホームページビルダーで編集をしたり、メールを書いたりするときは、目にかなりの負担があるのだろう。疲れてしまうのである。

画像を編集してセーブするときも、細心の注意が必要である。ピリオド(.)は、この画面では横に二つであるようだけれど、実際にはピクセル一つである。ものすごく小さい。いきおい、目を細めて熟視することによって、確認をしなければならない。目の焦点を合わせる筋肉を動かすのは、かなりエネルギーが必要らしい。

そんなため、何となくパソコンから遠ざかってしまう。とくに、老いてくると目が悪くなって、また注意力も散漫になってしまう。それでも「生きている証明」になるので、差し引いてもありがたいと思う。


すっかりと忘れて、同じことをまたする。


同じことをしたって、いいじゃないか。初めから、何もしないよりは。確かに、そうかもしれない。しかし、度忘れが激しく、耄碌(もうろく)が始まりかかっているようにも思えて、ちょっと心配である。

久々に多摩センターへ行こうとして、愛宕経由のバスに乗った。すると、広告アナウンスがあった。多摩大観音である。私は、墓地分譲のために最近作られたものだと知っていた。そこで写真を撮って帰ると、一年前にも同じものを撮影していた。

亡者が、地獄で言い訳をする。「私は無知のために罪を犯しました。何も知らなかったことなので、どうぞお許しください。」 すると、閻魔大王が激しく言う。「お前は、前世でも同じことを言ったじゃないか!」 記憶は、事実の一部しか残らないらしい。


何らかの用を作って外出をする。


部屋にこもりっきりなのはダメ。なぜならば、運動不足になってしまうからだ。刺激のない日々を過ごすと脳の活性化ができないから、いきおいボケ症状を誘発する。また、足腰も使わないと次第に歩けなくなってしまう。

そうかと言って、もはや長距離を歩くことはできない。私の場合、せいぜい数キロメートル。そこで、バスなどを利用したプチさん(プティ散策)をプランすることにした。

今までに行った区域で、気付かなかったり、スケジュール的にいけなかったりした場所を見直す。地図を見ながら、行ったところを改めて調べるのである。すると、思いもよらなかったところに、まだ行っていなかったりする。何らかの用とは、外出をするきっかけであればそれでよい。


恥と罪、重ねるうちに老いが現実。


恥をかいたり、罪を犯しているうちに、何となく老いてしまった。何ともみっともないことをよくも続けてきたことである。また、罪も平気でやってきた。ここで罪と言っても、逮捕されるようなことや裁判にかけられるようなことではない。しかし、心に後ろめたい気持ちの罪を私が日々続けているのは現実。

考えてみると、自分自身の人格がなっていないことが原因かもしれない。怒りや貪(むさぼ)りが、罪につながるのである。

大食いなども、罪の一つかもしれない。「七つの大罪」というボスの絵にもあるからだ。昼に吉野家で牛丼を食べてビールを飲み、さらにミスタードーナツでブレンドコーヒーを二杯、ドーナット二個を平らげるときなどは至福でもある。しかし、老いを認識しながら罪の意識も免れないのはなぜだろうか?


人間の心の所在、いずこにあるか?


人間の心(こころ)は、どこにあるのだろうか。また、そもそも心とは何であろうか。そして、脳と心の関係はどうなっているのだろうか。

『死者の書』を読むと、古代エジプトでは「心臓に魂が宿る」と考えていたようだ。だから、心臓を天秤にかけて、生前の罪の重さを量ったと言う。

しかし、実際にはどうなのであろうか。水でさえ、温度によって「氷」や「蒸気」などに変わる。そして、「見える状態」や「見えない状態」に変化をする。「死後空間」とは、どうなっているのだろうか。心が、「空間に漂っている状態」とか「空間に溶け込んでいる現象」などと言ったら、おそらく疑う人が多いだろう。現代科学では、割り切れない一端があるように、私には思えてならない。


Butubutuと言い始めたら、注意が必要!


今までに、
「ぶつぶつと言い始めたら、注意が必要!」
「ブツブツと言い始めたら、注意が必要!」
というのがあったから、今回は「Butubutu」にしてみた。

現代社会は化学薬品を多く食べる。というか、食べさせられているのである。食中毒を嫌ったり、生物(なまもの)の傷みを避けるためである。その結果、化学薬品症候群になることは必然。

現代は、過去の人類史上にないほどの規模で、雄大な生体実験をしている時代である。とくに、食品添加物などの化学薬品が脳に与える影響などは、マウスの実験ではよくわからないので、全国民による生態実験をしているようだ。その結果、「Butubutu」が今後ますます多くなるのではないか。


人間のなすこと、すべて意味があるのか?


私たち人間のなすことには、すべて意味があるのだろうか。『伝道の書』ではないが、何となく空しく、愚かに思えることがある。「すべてに意味がある」などというよりか、むしろ「すべてが愚かである」と言いたい現状ではないか。

確かに、現実には意味があって優れたことが多くあろう。現代社会が豊かなのも、科学技術の発達した恩恵である。それを支える科学者たちの努力には、大いに感謝をしたい。しかし、社会組織の中で行われたことは、何となく全体的にアンバランスのことが多い。

したがって、高度な技術のある反面で、かなりの愚かさも目立つ。いったい、人類は全体として何をしようとしているのだろうか。そんなことさえ疑問に思うことがある。私だけであろうか。


師の知識、汲めども尽きぬ甘露に似たり。


師とは、渡邊師(渡邊先生)のことである。お話には含蓄があり、教えられることが多い。ミスドでドーナットをほうばりながら、ブレンドコーヒーをすする。そんな態度で、お話を聞ける私は幸いである。

かんろ(甘露)とは、もともと中国古来の伝説で、天子が仁政を行うと、天が降らすという甘い露のこと。それが、サンスクリット語の「amta」の訳となって、「不死天酒」の意になり、さらに転じて仏教の教えや悟りにも例えられるようになった。

また、煎茶の上等なものを言ったり、甘露煮などと使うようになった。つまり、非常においしいことを言ったり、甘くて美味なことを指す一般的な言葉になってしまった。渡邊師のお話を聞いていると、仏教の説話なども出てきて、私はいつまでも興味が尽きない。


束脩(そくしゅう)をしない非礼を妻から指摘。


束脩(そくしゅう)とは、束ねた干し肉のことである。それは、古く中国で、師に入門するときの贈り物として用いた。そのことから、入門をするときや教えを乞うときに持参する謝礼を意味するようになった。

人生において、師となる人は少ない。たまたま市民ロビーで知合いになった渡邊師は、仏教と健康に関するオーソリティである。そんな経緯(いきさつ)で、いろいろ教えていただくことになった。その後、高幡不動尊の護摩を焚く前の説教に参加をした妻は、渡邊師の説法を聞いて、束脩は済んでいるのかと言った。まだだと言ったら、非礼であろうと詰(なじ)られた。

吉田松陰は、「やたら師になるな」と言ったそうだ。もしかしたら、「誰かを師とするな」だったかもしれない。私は、渡邊師とご縁があったことをうれしく思う。


現実に死後の問題、どう考える?


やがて死ぬことは明白、それで迷う。諦めきれないからである。源信の『往生要集』にあることなどは、とても信じられない。またマルクス=アウレリウスの書いているように、オリーブの実が感謝をして大地に落ちるような気持ちには、なかなかなれない。

プラトンでさえ死後の世界を証明できなかったのであるから、私にわからないのは当然。ただ、過去の哲人が考えても、合理的な結論が出なかったことは何となく事実のようである。

空海の死死死死で、暗いのも恐ろしい。そこで、自分なりに考えて覚悟をしておく必要があるのではないか。それとも源信のように多くの文献を読破して、あらかじめ予備知識を備えておけばよいのだろうか。


空虚なる中にただよう死後の空間。


まだ死んだ体験がないので、はっきりしたことはわからない。しかし、死後の空間には、いわゆる時間の概念がないような気がする。

ふつう、「時空」といって時間と空間の中に私たちは存在するという。しかし、空間はともかく時間は概念でしかない。動かないものに時間はないだろうし、ニュートン時間のほかにベルグソン時間という考え方がある。

「死後の世界」などというのが実際にあるわけではなく、そうかと言って、ないわけでもない。もともと、死後の世界などという概念は存在しないのである。確かに、誰にも死はあるだろう。そして、死体は焼かれて存在しなくなるのがふつう。しかし、それですべてが失われたというわけではないだろう。生や死で人生を区切ろうとするのは、脳のもたらす幻影でしかすぎない。


向うから見えるが、こちらからは見えない!


これは、いったい何を意味することだろうかと思われるかもしれない。実は、私の「死後の世界」の考え方である。

実際には、死後の世界などというものがあるとは思っていない。また、ないとも言い切らない。私が考えているのは、現実に生きている空間と死んだ空間とが繋がっているという仮説。つまり同じ空間にあるのだが、一方からは他方が見えるときと、脳の作用で見えないときがあるのだ。そんな作用は、現実にも多い。鏡やダイオードの特性も似ているが、体内の浸透圧なども非可逆である。いわゆる一方通行しかできない。

身体がなくなった状態では、どちらも見えるらしい。丹波哲郎氏は、人間界にいるうちに大いに勉強をしておくと、死後もそれらの知識が役に立つと言っているようだ。


死ぬ前に記憶の整理すべきでないか?


自分が死ぬということについての考え方は、各自てんでんばらばらであろう。なぜならば、死んだ後の科学的データがないので、確証が得られないままに思い違いをするからである。また、スエーデンボルグやシュタイナーの書いたことなどを認めようとしないから、死後の事実について考えも及ばない。

記憶は人間の脳に宿ると考えられているが、実際にはどうであろうか。脳が焼かれてしまって存在をしなくなれば、すべてが終わるのであろうか。そんな単純なことではないと、私は考える。

なぜならば、もしも私たちが私たちの科学の及ばない次元に置かれているとしたら、見えない部分はわからないのである。用心のために、何となく意思や思考をまとめておく必要がありそうだ。


死ぬまでに構築したい、知的空間。


身の回りのものを元気なうちに整理・整頓しておきたい。あまり多くのものがあると、結局は何も満足にできないであろう。したがって、自分自身の意思で可能なうちに、何とかすっきりさせておきたい。面倒くさいから何もしない……それは、もっともダメなことだと思う。

知的空間などと言っても、そんなに高度なことではない。ここでは、単に自分自身の考えをまとめておく次元のことを言う。それは、例えば日々の生活の基準や考え方などについてである。

さらに、つきつめて言えば、生きている間のことはもちろん、死後の空間でも安心立命ができるようにしておきたい。それは、単に心がけだけのことであるかもしれないが、それであっても私はかまわない。


最後には一人ひとりが宗教をもつ。


寺院を訪ねると、宗派が書いてある。むろん、書いていないところもあるが、それでも境内には親鸞の像や日蓮の像などが建っていて、何となくわかる。親鸞にしても、さらに東本願寺派と西本願寺派に別れている。

キリスト教でもプロテスタントには三千以上もの分派があるという。カソリックから分離・独立をしたので、その時点では一つにまとまっていたのではないかと思う。しかし、運営をしていくうえで、考え方が異なったために次々と分裂をしたのではないだろうか。

そんなことを考えると最終的には、一人ひとりの考え方が異なるように、信仰する宗教も異なってくるに違いない。いずれの派に属してみても、やがて満足できずに別の派に行く。そんなことであれば、最初から自分自身用の宗教を作ってしまえばよいのではなかろうか。


デカローグ、犯すべからず死後の安心。


モーセの十戒(じっかい)もそうであるが、私がここで大げさに言うデカローグ(Decalogue)とは仏語で、沙弥(しゃみ)や沙弥尼が守るべき十か条の戒律のこと。

それらは、まず五戒。つまり、殺生(せっしょう)・偸盗(ちゅうとう)・邪淫(じゃいん)・妄語(もうご)・飲酒。そして、さらに次の五つだ。塗飾香蔓(としょくこうまん)・歌舞観聴・坐高広大牀・非時食・蓄金銀宝。

これでは、沙弥や沙弥尼は大変であったと思う。この厳しいデカローグは、もしかしたら誰もが、死後に裁かれるときのデータとして記録・保存されているのではないか。そして、閻魔大王ではなくて自分自身が一つ一つについて、厳しく反省を求められ、評価を迫られるのではないだろうか。


すばらしい白川候の奥方選び。


独身の白川候に「世継ぎのために、どうぞ側室を召し抱えるように」と家臣がお願いをした。すると、白川候はすぐに言った。「それでは、そうしよう。家中で容姿が醜いために縁遠い娘がいるであろう。その女を側室にしよう。」

白川候の屋敷に、医師が行ったときのことだ。木綿の着物を着たびっこの醜い婦人が居間まで案内をした。医師は取り次ぎの端女(はしため=召使い)だと思って、挨拶もしなかった。しかし、その婦人が白川候の婦人であったと後で知って驚いた。

「足(たる)を知る生き方」をした神沢杜口(かんざわ とこう)の『翁草』には、感激をするような話が多い。「高瀬舟」なども、そうである。また、神沢杜口は「晩年の活躍」をしたすばらしい人だと思う。「天明の火災」について詳しく調べ、個人的な記録を残したのは、すでに七十九歳のとき。そして、そのような記録を一生にわたって書き残し『翁草』二百巻を残した。


ありがたや、ありがた山の仏(ほとけ)まします。


インターネットで情報を仕入れ、そこに行ってみると、すでにないことがある。記事が以前のものであって、その後なんらかの事情でなくなっているのだ。

先日、大田区田園調布五丁目3−19の「都天然記念物 秋葉のクロマツ」に行った。そのクロマツは、先のほうが少し無くなってはいたが、ちゃんとある。問題は、その下にあった魚籃観音のこと。そこにあった建物とともに、移転をしてしまったらしい。台座しか残っていなかったのである。

稲城のありがた山は、市街化調性区域になっているので、根こそぎなくなってしまうという懸念をしている人がいる。そこで、行ってみたら手付かずのまま、まだ残っていた。四千柱の仏像や石柱である。そこではウグイスが鳴いて、電車の音も聞こえたが、木漏れ日の中で、何ともありがたいと私は思った。


大食いの癖なおらずに古希を迎える。


お恥ずかしいことではあるが、大食いの癖は古希になっても、いまだに治っていない。私は、とくにうまいものを食べたいなどとは思わないが、腹いっぱい食べたいという本能には勝てないのである。現代は飽食の時代というように、つい食べ過ぎてしまう。

そのような按配であるから、体重も減らない。たいがい、老人になると身体が小さくなったり、目方が減ったりするのであるが、私はいまだに同じ。体重の変化もない。

しかし、まだ糖尿病になっていないし、血圧も大幅に上がっていない。そんなわけで、大食いの癖は治らない。厳しい食事制限をすればいいのだろうが、意思が弱いので続かない。大食いの癖は、みっともいいものではないので、何とかして直したい。さて、どうしたらよいのであろうか。


すぐ疲れちゃう身体(からだ)なり、老化は進む。


だいぶ前に、「すぐ疲れちゃう体質に、いつしかなりぬ。」という新句(十九音)を作った。しかし最近になって、その時点よりも状態が明らかに進んだということがわかったのである。

老いてくると、身体(からだ)へのチャージが効かなくなるみたいだ。それは、自動車のバッテリーなどと同じ。古くなったものは、いくら充電をしてもすぐにあがってしまう。なぜならば、容量が減って多くのエネルギーを蓄えられない。そこで、すぐにアウトになっちゃう。

そんなことを考えると、老化を少しでも遅らせるライフスタイルを考えなければならない。そして、何とか老化を最小限にくいとどめたい。でも、何となく新しくしたほうが手っ取り早い感じもする。自動車の場合ならば、新車に買い換えてしまうのである。


ヴィヴァルディ・悪魔先生・父に似た人。


ヴィヴァルディに関する小説を書こうとしている。タイトルは『こころ』。その一章「先生と私」。私はピエタ修道院の前に捨てられていた。母が出奔し、父が貧しかったためである。もの心がついたときには、片目であることを知った。でも、赤毛のディヴェルヴァ先生に出会い、音楽の勉強を始めたのである。

第二章「先生の思い出」。(「両親と私」じゃない。)この章では、先生が私のために作ってくれた「ファゴット協奏曲」ホ短調(現在のRV484)について書こう。また、後世になって復活をしたいきさつ。つまり、ヴァイオリン協奏曲二曲があっただけなのに、「四季」を始めとして次々と出てきた再発見の予想を当時からの思い出として綴る。

第三章「先生の遺書」。そこには、短い言葉で驚愕の事実が淡々と述べられていた。先生が教会のミサも勤められないほどの虚弱体質であったけれど、なぜ多くの作曲ができたのか。そのことに関しての秘密(悪魔に魂を売ったという)が、簡単に書かれていたのである。


異星人アリ先生と私の出会い。


『こころ』というタイトルの小説を書こうとしている。その一章「先生と私」。
私は看護学校の学生。まもなく卒業である。ある日、植物園の温室で先生と助手が歩いているのに出会う。後から歩いていく間に、何となく会話がもれ聞こえた。とても興味深い内容であったので、やがて逍遥の仲間に入ったのである。

第二章「先生の思い出」。(「両親と私」じゃない。)
先生の奇行について、初めはわからなかった。それは、ことごとく人間の常識とは異なっていたからである。おそらく、先生は合理的で進化をした神仏にも似た思考をしていたのであろうか。

第三章「先生の遺書」。そこには、驚愕の事実が淡々と述べられていた。短いが、それは先生の私に対する最後の好意であったに違いない。先生が使命を果たさずに、命を絶ってしまったのは、それをするに忍びなかったに違いないからである。


毎日の老化予防と楽しみ探す。

老いてくると、何とかしてそれを遅らせることを考える。つまり、老化予防の方法である。老いるのは仕方がないものの、少しでもそのスピードを落とすことが必要。なるべく長持ちをさせる方法と言えば、わかりやすいかもしれない。それが、アンチエイジング(antiageing)のこつ。加齢に伴った症状をなるべく遅くすることである。

食べ物や生活習慣などを見直して、改める箇所は早めに実行する。今までダラダラとしていた習慣も、思い切って改めなければならない。

そして、日々の楽しみも必要である。今までのように遠くに旅行をしたり、スポーツを楽しむわけにはいかない。体力が衰えてしまったからである。そんな中で、身近な楽しみを探すのに一苦労。しかし、新しい視点で捉えると、楽しいことは意外に多くある。


Kuroda Kouta (2011.01.15/2011.01.31)