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  新句(十九音) 作品集33(2010年3月分)



認知症、歯の喪失と関係がある。


最近になって、認知症やアルツハイマー病になる人が、急増しているらしい。いろいろ原因はあるが、その中で私は歯の喪失に注意をしている。つまり、歯が抜け落ちてしまわないような努力をする。

そのためには、歯周病の根治が第一だ。歯を失ってしまうと、学習することが困難になったり、記憶力が大幅に低下する。それら事実は、ネズミの実験で明らかな結果が出ているという。ヒトの場合も、同じであろう。歯がなくなると、認知症のリスクが高まることは明らか。

どうやら咀嚼をするときの刺激によって、脳の中を流れる血液の量が増えるらしい。そしてその結果、脳が活性化される。したがって、歯を失うと噛まないために脳が次第に衰えて、認知症になりやすい。だから、私は歯周病にならないように細心の注意をしている。


テンペスト、モーツアルトに似ている調べ。


簡単なピアノ練習曲を作ってみた。初めての体験であり、自分が作曲できるかどうかを確かめてみる意味合いもあったからである。いちおう全十二曲の『ピアノ小品集』だ。ところが問題は、その中の「母に抱かれて聞いた歌」と「子守歌」である。

それまでに意識をした覚えはないが、何となく似ているのである。「母に抱かれて聞いた歌」は、ベートーヴェンの「ピアノソナタ17番(作品31第2)ニ短調」(テンペスト)の第3楽章「Allegreetto」。さらに、無窮動(Perpetuum mobile)のような感じまでが似ている始末。

「子守歌」は、モーツアルトの「ヴァイオリンとビオラのための協奏交響曲」の第2楽章。あまり聞いたことのない曲だったので、その旋律を後で聞いたときには、相当なショックを受けたことは事実である。


「さくらや」の後に続いて「ビックカメラ」が。


部屋から五分で行ける「さくらや」がなくなってしまって残念だと思っていたら、引き続いて「ビックカメラ」が開店した。売り場の規模は、まったく同じ。

ありがたいのは、さくらやになかったDELLの売り場があるということである。今までは新宿のパルコにあるビックカメラに行ったり、吉祥寺のDELL支店に行ったりして注文をした。しかし、吉祥寺のDELLがなくなってしまったので、困ったなぁと思っていた矢先。

聞くところによると、ビックカメラのほうがさくらやよりも企業の規模が大きいという。ひとまず大丈夫で、やれやれ。パソコンやデジカメに関しては、身近にサービス店や技術的に教えてくれるところがあるほうが安心だからである。


イスラムと話し合いするフェデリコ二世。


フェデリコ二世(Federico II 1272〜1337)は、シチリア王であった。その頃、シチリアの所有権を巡る争いが続いていた。ナポリ王カルロ一世による和平交渉が行なわれたが、二人の教皇の死によって中断した。さらに、教皇からシチリア攻撃の命令が下り、アラゴンから派遣されていた高官たちの軍隊がフェデリコ討伐軍になるという危機に陥る。しかしフェデリコの奮闘によって、何とか退けることができた。

その後、十字軍によるイスラムとの戦いに引き続き、実戦ではなく話し合いで解決を導いた。宗派の異なる二つの軍隊が、聖戦などと言って、互いに争うことを愚かなことと考えたからである。そして、かなりの時間をかけてイスラム王と信頼関係を築いた。

私は、フェデリコ二世を孤高の王だと思う。


何だろう、「スワルトバトル」「オストアンデル」。


歌になっていたようだが、何でも英語で表現する日本人の愚かさを揶揄したもののようだ。戦争中に、外来語を敵性語として日本語に置き換えたりした反動かもしれない。最近では、わざわざカタカナに置き換えてわかりにくくすることで、何となく価値があるように思わせる。

日本では、日中戦争から第二次世界大戦中にかけて、アメリカやイギリスで使用される英語を「軽佻浮薄」とみなして、精神的に「敵性」にあたるものだとして日本語に置き換え、バックするのを背背(はいはい)と言ったりした。

「スワルトバトル」は、「スワルトバートル」と伸ばして歌っていたが、「座ると場取る」つまりスカートのことである。また、「オストアンデル」は「押すと餡(あん)出る」つまりアンパンのこと。ただし、これらは敵性語とされたものではない。


郭象の『荘子』ほどではないが、異議あり。


いまパスカル『パンセ』を始めとして、抜書きを作っている。しかし、やってる最中に、ふと脳裡をよぎることがある。つまり、実際に作者が考えた意味が、すでに文から逃げてしまっているのではないかということ。

郭象(かくしょう)は、中国西晋時代の思想家。一時期には召されて大傅主簿(たいふしゅぼ)となったが、ほとんどフリーで老荘思想の研究に専念をした。彼は『荘子』のテキストを整理したり、その注解を著した。それまでは、雑然として正しいテキストとは言えなかったからである。したがって、その後は郭象のテキストが定着した。

私は郭象ほどの思索家ではないが、それでも納得のいかない部分が原典にあるのに気付く。そんな箇所は、考えたまま書き直してしまう。もしかしたら、原作者を傷つけたかもしれないなどと恐れを抱きながら、……


糖尿病・高血圧はOK、ガンなどはNO。


糖尿病や高血圧は簡単に治るが、ガンや歯周病、そして男性の場合は前立腺肥大症などが治りにくい。なぜならば、ガンや歯周病などはなってしまうと、根治はまずムリである。さらに、前立腺肥大症は手術でもしないかぎり、どんどん進んでいって、自然にはなかなか治らないようだ。

しかし、糖尿病や高血圧は簡単に治る。長い間の食生活と生活習慣が原因であるから、それを逆にたどっていけばよい。私の場合は、塩と砂糖とを忌諱することで、一年間で何とか治った。

もっとも、いずれの病気も重篤になってしまうと、なかなか治らないであろう。したがって、ある程度の時期に頑張って治してしまうのがよい。例えばビルの屋上から飛び降りた人を、落下の途中で救うのは難しい。しかし、飛び降りる前ならば何とかして救えるはずである。


大仏と大観音を訪ねてみたり。


大仏さまや大きな観音さまには、とても魅力がある。私は学生時代から、そうだった。そこで、改めて「大仏・大観音」のアルバムを作ることにした。

体力や交通費の関係もあって、あまり遠くへは行けない。そこで、まずは東京都内の大仏や大きな観音を探して、一つずつ訪ねることにした。観音さまのおられる寺院は多く、多摩三十三霊場などと行って、そこを巡るコースなどがある。しかし、寺へ行っても本堂の中や観音堂におられて、ふつうご開帳の日でないと見られない。しかし、大観音はいつでも見ることができる。

そんなところが、上記アルバムの大仏・大観音のお姿以外にまだあったら、どうぞご教示いただきたい。


うろうろと地下でするなり、不慣れなところ。


地下鉄を利用するようになってから、慣れるまでには大変であった。地下に入ってしまうと、方向感覚がダメになってしまう。そんなわけで、知らない駅の利用は何となく億劫。なるべく歩く距離を少なくしたい。とくに階段を下るのは苦手、足が痛くなるからである。

反対側のホームに、下りてしまうことがある。そのようなときは、反対方向の電車に乗って島式ホームのある駅まで行って、そこから戻ってくる。まごつかない基本は、どこがどうなっているかを理解しておくことだ。

たかが地下鉄と思うだろうが、地下鉄を自由自在に利用するためには、多くの知識が必要である。どこに、エスカレータやエレベータがあるかなど。そうすると、階段を下る距離が少なくなって、足を痛めないですむから。私の場合は……。


地下鉄の不安について思うことあり。


いつも、地下鉄のお世話になる。とくにシルバーパスになってからは、無料で乗れる都営地下鉄でもある。中でも、私は大江戸線のファンである。しかし、後になって開通した路線のためであろうか、かなり地下の深いところを走っているようだ。したがって、駅も地中深くにある。

なぜか何となく、不安や恐ろしさを肌で感じることがある。もしかしたら、黄泉(よみ)の国を走っているのではないかというような錯覚をする。『古事記』の文章などが、思い出されることもしばしば。それがどう関係するかなどとは、まったく脈絡もなく、自分でもわからないままに。

サリン事件も、実際にあった。また、以前に知ったいろいろな記憶。例えば、諸星大二郎『地下鉄を降りて……』とう短編は、心理的に追い込まれたような不安さを今でも生々しく感じるものであった。


ラップリン、フィードバックかホメオスタシス?


ラップリンをすると、その情報が身体に送られてフィードバックされるようだ。もしかしたら、ホメオスタシスが有効に働くのかもしれない。

フィードバックとは結果を原因側に戻すことによって、調節をすることである。電気回路の自動調整機能や生体の代謝・内分泌調節などがそう。母の胎内にいる赤ちゃんは、すでにしているのではないか。ホメオスタシスは、生物の体内器官が、周囲の気温や湿度などに対して均衡状態を保つこと。

私は、毎日ラップリンする。あまりおいしいものでないから、どうしても少量ですます。小匙(こさじ)半分以下である。本当はしたくないが、健康のためには目をつぶって行う。他人のことはよく知らないが、森繁久弥氏やさくらももこ氏たちが自ら行って、回りにも推薦をしていたらしい。


毎日が大発見のすばらしい日々。


ちょっと大げさな言い方かもしれない。でも私にとっては、ここのところ毎日が新しい発見のできるすばらしい日々なのである。大発見と言っても、新大陸を発見したり、新種の生物を発見することではない。自分自身の生涯の中で、新しい観点を添えてくれる事態を再認識できたということ。

いったい今まで何で気付かなかったのか不思議なことである。ちゃんとそこにあったのに、それを意識しなかったのは不注意だったのかもしれない。

そんな意味で、日々が大発見の連続なのである。大きいか小さいかなどは、客観的な問題。大きいといえば大きい、小さいといえば小さいだろう。個人の考え方である。私には、自分自身が感動するくらいのショックを受けるような発見であるが、人は笑うかもしれない。それでもよいのである。


パスカルも孔子も、「口と言葉」を記述。


パスカルは『パンセ』に「「口のうまい人」は、そのことが悪いしるし。(四六)」と書き残している。孔子『論語』の最初の巻「学而第一」に、「子の曰わく、巧言令色(こうげんれいしょく)、鮮(すく)なし仁。」と出ている。さらに、「巻第九の陽貨第十七」にも、重複して同文がある。

パスカル(1623〜1662)は、フランスの数学者・物理学者。思想家でもある。「パスカルの原理」の発見や確率論の創始など、科学的業績を多く残した。

孔子は、さらにさかのぼって紀元前500年前後の中国春秋時代の思想家。儒家の始祖で、釈迦・イエス=キリストとともに世界三聖と言われる。そのころから「口と言葉」の関係は、現在と同じだったのかもしれない。


あいたいだ、しりそとともに記憶に残る。


さらに、いんきしりむしんやおうおうたいえいなども、強烈なインパクトを私に与える。『荘子』が読めたなどと、つい思ってしまう。とんでもないことである。逆説や裏の裏までは、とうていわかるまい。また、郭象が自分の考えで書き直したことなどは、もはや見抜けないだろう。バチカンで書き直した福音書と同じで、原点の論理が失われているからである。

あいたいだはすごい醜男(ぶおとこ)であっても、男たちは彼を慕って離れないし、女たちは「他人の妻になるよりは、あの人の妾(めかけ)になりたい」と言い出す始末。しりそはもっとひどく、顎(あご)は臍(へそ)の辺りまで、肩は頭のてっぺん、股(もも)は脇腹にぶつかっている。それでも仕事をして生きていける。徴兵に行かなくてもよく、手当てもいただける。そして、何人かの人を雇う資力さえもある。

つくづくと私は、人の魅力が身体の形だけではないことを思い知らされる。


分類を体系付けることが必要。


「分かる」という言葉は、「分ける」から来たのではないだろうか。その結果、「分かる」は「理解をする」とか「了解をする」という意味になろう。意味や区別などをはっきりさせるためには、まず分類をしっかるする必要がある。「物のよしあしが分かる」と言えば、分類をしてどのくらいの位置にあるかを知っているということである。

物の分類も大切ではあるが、知識や記憶の分類はさらに重要になってくる。どこに何があったかわからないというのでは、まったく困ってしまうからだ。

もしも誰かに、「あなたの言わんとすることはよく分からない」といわれたり、「言っていることの内容が理解できない」などと言われたら、お互いに分類の仕方や整理の方法などが異なっているために、理解の方法が食い違って、相互のベクトルが合わないのであろう。


楽しみは温故知新を繰り返すとき。


「温故知新」という言葉がある。『論語』為政第二にある
「一一 子の曰わく、故(ふる)きを温めて新しきを知る、以て師と為るべし。」
から来ている。つまり、過去の事実を研究して、そこから新しい知識や見解を求めていくこと。

「温故知新」(おんこちしん)は「故(ふる)きを温(あたた)めて、新しきを知る」と読む。「温」を「たずねて」とする説もある。「温故」であって、「温古」でない。

私は、何回も同じことを繰り返す。その行動は、まったく愚かに見えるらしい。しかし、何回も同じことをしていると、見方も変わってくる。そして、意外に別な考えが浮かぶ。だから「温故」は、楽しみなのである。


思いつき、三ノ輪橋から早稲田まで乗る。


先日、三ノ輪橋の大観音を見に行った。その帰りに、思いついて三ノ輪橋駅から早稲田駅まで、都電荒川線に乗ってみた。起点から終点までで、全部で三十駅がある。

三ノ輪橋・荒川一中前・荒川区役所・荒川一丁目・荒川七丁目・町屋駅前・町屋二丁目・東尾久三丁目・熊野前・宮ノ前・小台・荒川遊園地前・荒川車庫前・梶原・栄町・王子駅前・飛鳥山・滝野川一丁目・西ヶ原四丁目・新庚申塚・庚申塚・巣鴨新田・大塚駅前・向原・東池袋四丁目・都電雑司ヶ谷・鬼子母神前・学習院下・面影橋・早稲田である。

空いていたからよかったが、乗り降りが多いので何となく落ち着かない車内。また、走行速度が遅いせいか急いでいるときには、いらいらするのではないだろうか。三ノ輪橋にはあったが、早稲田にはトイレがない。


何となく、大観音を訪ねてみたり。


幼いころ、鎌倉の扇ガ谷(おうぎがやつ)に住んでいた。大仏切通しと言った小さなトンネルを抜けて、高徳院の大仏を見に行ったものだ。当時は、長谷観音とともに入場料などは取らなかった。もっとも、大仏は銅の目方で売りに出されたが買い手がないままに、そこに鎮座ましましていたのかもしれない。

長谷観音の記憶は薄いが、大船の観音さまは現在でも強烈な印象に残っている。その後も、電車でそこを通るたびに、かつての記憶を甦らせる。

大きな観音様に魅力を感じる。人が作ったものであるが、それでも別な次元に誘ってくれるからだ。観音さまのおられる寺は多いが、秘仏などと言って、ふだんは見れないことがある。しかし、大観音はいつでも見れることが多いので、大仏とともに「大仏・大観音」アルバムを作った。


砂糖・塩、やめて久しく糖尿治る。


かなり重篤な糖尿病になったことがある。もしかしたら、「失明か人工透析になる」と医者に言われた。そこで、完治をさせる決心をせざるをえなかった。長期間で患った病気は、薬物では治りにくいとも考えたからだ。やはり、ある程度の期間をかけて、食事療法と生活習慣によって治すのがよいだろう。

そこで考えたのが、砂糖・塩の忌諱。台所には、砂糖・塩を置かない。初めは味付けが物足りなかった。野菜などは煮るときも、炒めるときも味付けをしない。むろん食べるときにも、マヨネーズ、ドレッシングなどを用いない。そんなことを一年もしたら、尿糖が出なくなってしまった。

最近は、小豆を煮たもの、つまりお汁粉も甘くしない。すると、ほのかな小豆のおいしさが味わえる。野菜も、野菜そのものの甘さがおいしい。そのものの味が、味付けをしないと楽しめるということがわかった次第。


「駅長のまち案内」は、有りがたき地図。


都営地下鉄の駅でくれる「駅長のまち案内」というA4一枚の地図は、何とも有りがたい。駅ごとにあるのだが、中には複数の駅がまとまっている区域もある。その場合は、A4二つ折りになっているが、縮尺が小さくなってしまう。

表には、その駅の出入り口の位置、そしてエスカレータやエレベータがあるかどうかなどの情報。裏は、駅周辺の地図。半径500メートルの範囲が、円で示されているのも、プチさん(プティ散策)をするときに便利である。

階段を登るときは大丈夫だが、問題は下るときである。体重が足にかかって膝をやられてしまう。だから私はホームへ降りるとき、なるべくエスカレータかエレベータを利用する。老いても、末永く歩けるように。


楽しみは、『荘子』を読んで頷(うなず)けるとき。


『荘子』(そうじ)には、はったりや雄大な記述があって、ちょっと親しみにくい。それでも、私は読んでいると膝を叩きたいほど賛同して、頷いてしまうことが多くある。

荘子は、戦国時代の思想家。生没年は未詳だが、紀元前403年の晋の分裂から前221年の秦による中国統一までの動乱期の人であることは確か。老子とならぶ道家思想の中心人物。個々の事物の価値観は見かけ上のもので、すべてが平等であるとして、自然にまかせる生き方を説いた。郭象(252ころ〜312)は、西晋の学者。『荘子』の内容を整えて、注を著した。道家哲学を推奨したのである。

そんな古い荘子や郭象の記述したものを読んで、思わず頷いてしまうときがあるので不思議である。


先生の「箱庭療法」、取り入れてみた。


かつて三木アヤ先生がなさっていた「箱庭療法」はユングやカルフの理論を取り入れたオーソドックスなものだった。箱庭を介し、クライアントとセラピストとの二つの個性が対話をする。

私は、クライアントが対話を自分自身の中で実現することを考えた。つまり、セラピストを自分が兼任してしまう。もっとも、初期で軽度の症状でなければ、その実現は不可能であるが。

そんな方法として、『回想創造法』を開発した。それは、その中で自分自身を見直すことができる。今まで高齢者の精神療法として、過去の回想は忌諱をした時代があった。愚痴が多く、後ろ向きであるから。しかし、回想創造法では違う。さらに、『自己福音書』を作ることによって、精神が昇華することさえあるから不思議である。二つを対(つい)で行うと、より効果的。


思い切って、不要なものは処分をしよう!


何が必要なのか、また何が不要なのか、それを決めるにも各自の人生観が影響してくる。個人差もあるし、価値観の相違も大きい。食べ物や生活習慣、日々の生活などにも関係してくるのではないだろうか。結局は、「何のために生きるのか?」などという問題にまで発展してしまう。

二度と使わないようなもの、簡単に入手できるもの、そのようなものは処分をしてもよいのではないか。昔なら蔵に保存をするであろうが、現在は場所のほうが高価であるから、やたらしまっておくことができない。

もはや財産の整理などが、できる状態ではない。かつては小額だが余剰金は学校に寄付をした。友達関係も、私が隠遁のような生活に入ったときに、ほとんど整理したことになる。もっとも、相手からも整理された感じであるが、……。だが、まだ書類や原稿などが未整理で、それが大変である。


糖尿病、病気だけれど病気ではない!


「病気だけれど病気ではない!」などと言うと、いったい何を意味することかと思うだろう。「AがBに等しいか、またはAがBに等しくない」というのと同じで、言葉の言い回しとしては面白くても、アントニム(反義語)またはトゥトロジー(同義反復)の関係とも異なり、ナンセンス(無意味)のようです。

しかし、私の言っている意味は「糖尿病とは上手に付き合え」という意味なのです。自覚症状がなく、傷みもない。そんなまま安心していると、失明したり、足の切断を余儀なくされる。発見をしたときは、直ちに人工透析に通うようになったりもする。

そこで、軽い糖尿病とともに生きるための日々の生活の知恵。それは尿糖をなるべく出さない工夫が必要。そこで、砂糖の忌諱など食事療法と、プチさん(プティ散策)などの生活習慣を考えた。


片倉のカタクリ咲いて、春は来にけり。


片倉には、片倉城跡公園がある。その中には池や住吉神社があって、彫刻なども置いてある。そこの小さな山林には、カタクリが密生している。

カタクリは「片栗」と書き、ユリ科の多年草。山地の林に生えて、高さ15センチくらい。葉は楕円形で表面には紫色のまだら模様がある。早春に紫色の花を下向きに付ける。花びらは六枚で、先が反り返っているのが特徴。その花が密生していると、私は何となく楽しくなってしまう。

脈絡のないことであるが、「フニクリフニクラ」という歌も思い出す。イタリアの古いカンツォーネであるが、ヴェスヴィオ火山頂までの登山鉄道の宣伝用に作曲された世界最古のコマーシャルソング。リヒャルト=シュトラウスは、曲がイタリア民謡と勘違いして、交響的幻想曲「イタリアから」に取り入れた。


秘書さんのくださるサツマイモの思い出。


サツマイモには、特別な思い出がある。戦後の物のないときに、食べ物では苦労をした。昭和二十年(1945年)ころだ。ひもじい思いをした子どもたちに、母が空き地でサツマイモやピーナットを作ってくれた。

橘曙覧の短歌に、<たのしみはまれに魚煮て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時>というのがある。母も、私たち食べ盛りの子どもを見て、うれしかったと思う。父母は蔓茎の部分も煮て、食べていたのを私は覚えている。

サツマイモが食べれるのも、多くの人のお陰だと思う。まず、青木昆陽。江戸時代の蘭学者だが、サツマイモを避難食として普及させて、甘藷先生とよばれた。目黒の瀧泉寺に行くと、墓と記念碑がある。ベルツは日本政府の関係者から問われて、満州ではピーナットを補助食にすればよいと答えたことが「ベルツ日記」にある。教師に迎えられて来日し、日本の伝染病・寄生虫病を研究して国民の健康に貢献をした。私にそんなことも思い出させるサツマイモである。秘書さん、どうもありがとう。


大仏と大観音と江戸六地蔵。


大仏と大観音のアルバムを作った。しかし、地蔵尊と大仏は、お顔やお姿が似ている。笠をかぶっている大地蔵ならば、それなりに区別ができるだろう。でも、笠をかぶっているからすべて地蔵だというわけにはいかない。

したがって、アルバムを分けることにした。つまり、「大仏・大観音」グループと「江戸六地蔵」とに。そして、「江戸六地蔵」には私たちの等身大よりも大きな地蔵尊も含めることにした。地蔵がある寺院は、かなり多いからである。

もっとも六地蔵などは、たいがい小さい。いうなれば、子どもくらいの大きさである。したがって、アルバムには載せない。あくまでも、大きさに着目をして、選択をする。宇野浩二の『木仏金仏石仏』(きぶつかなぶついしぼとけ)ではないが、その素材には関係をしないことにした。


雨の日はバスで往復、楽しからずや。


雨が降ると、外歩きが億劫になる。また、風邪から肺炎になるのを恐れる。そこで、バスを利用して濡れない工夫をする。つまり、屋根があるターミナルから、やはり屋根のあるターミナルまで行く。むろん、折り畳み傘をもってはいるが、そのようにすると傘をささないですむ。

例えば、聖蹟桜ヶ丘駅のバスターミナルから、多摩センター駅行きのバスに乗る。三路線以上あるが、どれに乗ってもよい。すると、多摩センター駅バスターミナルに到着。そこも、屋根付きであるから濡れない。多摩センター駅のスーパーで洋酒などを買って、それからまたバスで帰る。

そんなことをして、いったい何になるかという人がいるだろう。しかし、身体を動かすことで、ちょっとした運動にもなる。また、バスに乗って揺られることで、脳のリフレッシュなどもできるみたい。


行き着けぬこともありたり、地図なきゆえに。


たいがいのところは行き着けなかったり、迷ったりすることがない。初めてのところでも、そうである。しかし、最近は足が弱くなったため、何キロも歩いて探すことができない。途中で諦めて、やめてしまう。

先日、地下鉄新板橋で降りて、谷津大観音(寿徳寺)へ行こうとした。地図で見ておいたが、詳細は駅で案内をもらおうとした。しかし、改札口は無人化で係員がいない。仕方がないので、そのまま降りて探したが、結局はダメ。たまたま来た王子行きのバスに乗ってしまった。

そこで、都電から「日暮里・舎人ライナー」を乗り継いで、谷中観音(全生庵)に行くことにした。しかし、道にある地図には載っていない。やはり探したが、見当たらない。一日に二箇所もわからなかったことなんか、生まれて初めて。地図の有りがたさを思い知った。


「そんなこと、して何になる?」とも、問われそう。


プチさん(プティ散策)などと言って、あちこち写真を撮ってきて、アルバムにする。下らんと言えばその通りで「そんなことして、いったい何になるのだ?」とも問われそうな内容。そこで、仕方なしに問い返す。そして、珍奇な問答。

「朝飯を食べて、何になるのですか?」「一日の活動源になる」「一日の活動源にして、何になるのですか?」「働いて、社会に貢献をする」「貢献をして、何になるのですか?」「……」

落語の枕に、「もう寝ている」という「根問い」がある。家でゴロゴロと寝ている与太郎のところに、学識豊かなご隠居がやってくる。「若い者が怠けていてはいけない。働け!」「働くと、どうなる?」「働くと、金が入ってくる」「金が入ってくると、どうなる?」「金が入ると、楽ができて寝ていられる」「もう寝ている」


パソコンで「碧空」を聞き、なつかしくあり。


CDや古いLPレコードなど持っているが、残念ながら「碧空」はない。そこで、私はパソコンで聞く。まず、Yok先生の編曲である。これは、癖のない演奏でみずみずしく素晴らしい。実際のタンゴバンドと聞きまごうばかりである。何となく楽しくなって、しばらくはBGMとして流しておく。プログを訪問してくださった誰かも、同じことを言っておられた。

時折りはkenones12さんのYouTubeのものを聞く。これも、ゲッツイの原版で素晴らしい。SPレコードの音そのもの、私が学生時代に聞いたものと同じ。それに、ノスタルジックな映像が付いている。さらに、「たぬきクラスメモリー」なども拝見。この方が72歳であったら、驚き。何と若々しい人だろう。さらに、私はウルマンの詩「青春」を思い出す。

Yok先生kenones12さん、なつかしくしてくれる作品をありがとう。


Kuroda Kouta (2010.03.31/2010.10.26)