総トップページにジャンプ

  お寺などの言葉(神社仏閣の標語)


○はじめに
○急いだつもり(医王寺)
○老いが来る(常性寺)
○心なき言葉(真照寺)
○苦言と甘言(祇園寺)
○とてもとても(延浄寺)
○他人の長所は(延浄寺)
○墓前にて合掌すれば(延浄寺)
○人と生まれた(光源寺)
○たった一言が(海岸寺)
○はぐれ雲(誓願寺)
○少なるを(寿光寺)
○自分が思うほど(高乗寺)
○きれい・きたない(高乗寺)
○追うよりも(常徳院)
○一隅を照らす(妙楽寺)
○浄土は言のいらぬ世界(満足院)
○誰がために(等覚院)
○いのちと申すものは(善立寺)
○無財の七施(龍台寺)
○喧嘩しないで


○はじめに

 お寺や神社など、つまり神社仏閣には、ふつう掲示板があります。そして、そこにはたいがい標語が掲げてあります。その中には、私にとって意味深(いみしん=意味深長)なものがあるので、ここに控えておいて味わいたいと思います。


○急いだつもり(医王寺)

 芦花公園駅の北。明星山遍照院医王寺にあった標語。





○老いが来る(常性寺)

 布田の常性寺にありました。(2008年2月7日、木曜日)
 何となくウルマンの「○サムエル=ウルマンの青春という詩」を思い出しませんか?





○心なき言葉(真照寺)

 日野市の百草園駅南(地番は落川)にある真照寺掲示板にあった言葉。真言宗智山派の大僧正でもあった真照寺の清水博■の遺言。(ただし、私には■の文字が不明)





○苦言と甘言(祇園寺)

 祇園寺本堂横にある住職宅の玄関に貼ってある。おそらく、そこを尋ねる人々に対する配慮であろう。この寺は、かつて中西悟道(なかにし ごどう)が住職であった期間がある。したがって、少し変わったことをしているのかもしれない。





○とてもとても(延浄寺)

 浄土真宗本願寺派延浄寺にありました。

 



○他人の長所は(延浄寺)

 上の「とてもとても」が、すでに代わっていました。(2008年3月31日、月曜日)





○墓前にて合掌すれば(延浄寺)

 これは、石に刻まれた標語ですから、しばらくは変わらないでしょう。





○人と生まれた(光源寺)

 浄土真宗本願寺派光源寺にありました。





○たった一言が(海岸寺)

 小金井公園から玉川上水を少し上流に行った小平市側にある海岸寺。そこの掲示板にあった言葉。





○はぐれ雲(誓願寺)

 多磨霊園の少し南にある田島山誓願寺にあった標語。もしかしたら、子供用の標語かもしれない。





○少なるを(寿光寺)

 多磨霊園の東側、府中市多磨町二丁目の寿光寺にあった標語。





○自分が思うほど(高乗寺)

 高尾の高乗寺。2007年12月30日(日曜日)です。妻は、これを見て「なるほど、そうですね。」と言った。そんなものである。独り相撲は、かなりムダなことであろうか。





○きれい・きたない(高乗寺)

 2008年5月1日、木曜日。





○追うよりも(常徳院)

 東急世田谷線の山下駅(小田急線の豪徳寺駅)南西にある曹洞宗常徳院。この日(2008年3月17日、月曜日)は、たまたま付属幼稚園の卒園式でした。





○一隅を照らす(妙楽寺)

 最澄の言葉でしょう。川崎市多摩区長尾の妙楽寺にありました。





○浄土は言のいらぬ世界(満足院)

 小田急線梅ヶ丘にある別院満足院の掲示です。満足院本誓寺が、もしかしたら本院ではないでしょうか。
 日蓮は、「地獄は自分自身の身体の中にある」と書き残しています。





○誰がために(等覚院)

 東高根森林公園に南接している等覚院神木観音堂にありました。「誰がために」は「だれがために」ではなく「だがために」と読むのかもしれません。ヘミングウエイか誰かに、「誰がために鐘は鳴る」というようなのが、あったのではないでしょうか。





○いのちと申すものは(善立寺)

 登戸駅から西へ歩いて10分。龍燈山善立寺にありました。





○無財の七施(龍台寺)

 溝の口の龍台寺にありました。





○喧嘩しないで

 これは、掲示板にあったものではないが寺でくれたもの。なかなか立派なものである。




Kuroda Kouta (2007.10.05/2008.06.19)