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  何となく顔に見えないか?



はじめに
どちらに顔があるのでしょうか?
生き物(動物・植物など)
東京大学駒場博物館にて
パンジーの花
落ち葉
切ったレモン
切った梨
カバン(かばん・鞄)
器物
空き缶入れ
水タンク
香福寺の鐘楼
観蔵院の鐘楼(YouTube動画)
常楽寺の木魚
清岸寺の木魚・鈴(ポク・リン)、庭石
観音寺の木魚
高幡不動尊の木魚
薬師堂の焼香台
溝の口のホームにて
風景・建物
扉の飾り模様
古い門
小金井市貫井神社で
八王子の大泉寺にあった石
鶴と石
神田川の石
旧古川庭園の灯籠
目青不動尊の建物
見られている感じの寺
小さい祠(八王子 八幡・八雲神社の境内)
消防署のマーク
霊園前から霊園正門
大日堂の中門
新宿駅前の地図
まことちゃんハウス
歌川国芳
自動車三台
小型自動車
漢語林
長谷寺観音堂
渋谷駅モアイ像
雄松院の水受け
富岡八幡宮の前面飾り
駅の自動改札
リフト
愛染院の額の上
ガムテープの貼り付け
東福寺の山門裏
福泉寺の社と裏
中野区立歴史民俗資料館の燈籠
中野駅南口商店街のタイル


はじめに

 気のせいでしょうか?
 何となく顔に見えるものが、私にはときどきあります。また、器物などに何となく見られているような気配を感じることもあるのです。いったい、なぜ顔に見えるか? おそらく、その対象に「目と口、そして手足など」を認識するからしょう。ヒトの脳は、見たものを何とか認識しようとするからです。
 また、「ルビンの盃」のように、ない背景を脳が補ってしまうこともあるでしょう。
 昆虫の羽根の紋なども、捕食者に対して同じ効果を考えているのではないでしょうか。

 むろん、そのようなことについては個人差が大きな問題ですから、ある人には見えても、別の人には見えないことがあるでしょう。そのように個人差が大きい事実は、私がまだ小学校に上がる前に気付きました。それは、山川惣治(やまかわそうじ)の『少年王者』の最初に出てくるマウントサタンにある悪魔の顔が、友達にはなかなか気付かなかったことを覚えているからです。それは、著者が「だまし絵」などの効果を考えて描いたものですから、ふつうであれば気付かなければいけません。

 ここには、私が思いついたことを後で思い出すために、メモとして残しておきましょう。
 以後、追加をしていく計画です。


どちらに顔があるのでしょうか?

 目の錯覚や勘違いをすることがあります。




 上の写真を見て、「おやっ」と思いました。そこで、二倍(面積では四倍)に拡大をしてみました。ボケてはいるものの、私には何となく左側が顔に見えます。ちょっとした角度で、顔に見えることがあるそうです。月面の顔なども、たまたまその角度でそう見えたという学者もいるほどです。




 原画は、下の写真で鳥居の左側にあった狛犬(獅子かもしれない)です。別の角度から写した写真は、椎名町駅周辺の長崎神社にあるので、確かめてください。




生き物(動物・植物など)

 かつて、人面鯉というのがありました。鯉を前面から見ると、何となく顔に見えるのです。もしかしたら怨念でも宿っていて、平家蟹などの類でしょうか。
 下記は「ジンメンカメムシ」という昆虫です。この写真では、尻尾が上で、頭が下になっています。数年前の多摩動物公園特別展で、生きた虫を展示していました。そのときの写真です。




 下は、京浜急行の大森海岸駅にある「しながわ水族館」にいたエイを下から(裏側から)見たところです。




東京大学駒場博物館にて

 2008年7月30日、水曜日、駒場東大前の構内を散歩した。落ち着いた環境で、何となく安全なところに思うので、よく行く。駒場博物館は展示が素晴らしく、しかも無料。「進化学の世界--ダーウィンから最先端の研究まで--」というテーマだった。
 監視員の女性に聞いたら、フラッシュを焚かなければ写してもよいと言ったので、下の写真。ガラスケースが反射をしたので、ちょっと不気味さが減じている。また、斜めの透明な線は標本を釣り糸で固定しているため。下の写真はカブトガニ裏側、つまり内側。




 カブトガニの表側、つまり外側から見たところ。




 下のようにガラスケースに入って並んで展示されていたので、表と裏がそれぞれ別な個体だということがわかる。最初見たときに、私はなぜかギョッとした。




パンジーの花

 パンジーの花と似た犬を見たことがあります。確か、狆(ちん)という品種でしたでしょうか。




 たくさんあっても、やはり同様。しかし、つぼんでいるものは表情がない。なお、パンジー(pansy)は日本語で言うと「サンシキスミレ」のことです。




 さらにたくさんあると、どうでしょうか。




 別の種類でも模様入りの花は、何となく顔に見えます。

  


落ち葉

 多摩の道を俯(うつむ)いて歩いていたら、何となく見られているような気配を感じました。
 よく見ると、下のような木の葉が落ちていました。




 そんなことは、よくあることです。
 小春日和の日に、春日神社からパルテノン多摩に向かう小道を歩いていました。とくに、下を見ていたわけではないのですが、何となく気になってふと見ると枯葉が裏になって落ちていました。ふくらみがあるので、気づいたのかもしれません。




切ったレモン

 私は果物を食べるときに、最初から切ったりはしない。切り口から、酸化をしてしまうからである。だから、食べる分だけをその都度ナイフで切り取るのである。そんなときに、何となく見られているような気配を感じた。ふと見ると、下のような形をしている。左前にあるのは、すでに私が食べたピーマンの芯。ホットケーキは、すでに何も塗らずに半分を食べた。




切った梨

 梨ですが、ちょっと見たときに中心の種子のある部分が、何となく顔に見えました。つまり、見られた感じです。気のせいでしょうか?




カバン(かばん・鞄)

 聖蹟桜ヶ丘駅二階の京王デパートにあった鞄。私には何となく、こちらを向いた顔に見えました。




 2011年太田から帰る途中の電車に乗っていた女性の鞄。何となく見られた感じがした。




器物

 器物が古くなると魂が宿るといいます。
 下の写真は、私が使っている何でもない椅子です。しかし、何かの拍子にひょっとすると顔に見えることがあるのです。




空き缶入れ

 「帝京大学中高校」でバスを降り、由木中央小学校のところから玉泉寺と日枝神社に行こうとしていたときのこと。飲み物の自動販売機があって、その空き缶入れ二つ。そして、後ろの建物も。何となく見られている気配を受けたのでパチリ。




水タンク

 久我山にある国学院大学そばの玉川上水、その北沿いの畑に置いてありました。




 八王子市神戸(ごうど)バス停から西に少し入ったところの畑にありました。久我山のものと同じタイプでしょうか。




 奥多摩街道から昭島市郷地町を北に入ったところです。歩道を歩いていて何となく見られているような気がしたら、やはり水タンクでした。




香福寺の鐘楼

 橋本にある香福寺の鐘楼です。何となく鴨居のところの飾りが、目に見えませんか?




観蔵院の鐘楼(YouTube動画)

 近くの観蔵院に除夜の鐘を突きに行って、ふと感じたことです。
 夜のことであり、はっきりしないのですが横から見た鐘楼に、何となく見られた感じを受けました。

観蔵院の鐘楼(YouTube動画)


常楽寺の木魚

 京王相模原線稲城駅前にある常楽寺。そこの本堂前には、珍しく木魚が置いてあります。「妙」という金字が書いてある賽銭箱の前です。私は、賽銭を入れて参拝をしようとしたときに、何となくその木魚(もくぎょ)に見られている感じがしたのです。そこで、前にある棒で叩いてみました。見えませんが、棒の先には丸い布の玉が付いています。「ぽく・ぽく・ぽく」といい音がしました。
 ライターもあって左の鉢でお線香をともせますし、お鈴(おりん)もあります。参拝者に対して、とても用意周到なお寺です。




清岸寺の木魚・鈴(ポク・リン)、庭石

 幡ヶ谷(最寄駅は笹塚)の清岸寺にある浄霊殿。そこの祭壇の前に、参拝者用に置いてありました。鈴(りん)と木魚のポータブル版です。




 右側の木魚の部分。




 境内には、庭石がありました。




観音寺の木魚

 世田谷観音(世田谷山観音寺)にあった木魚です。下に敷いてある座布団は、人が座る大きさですから、かなり大きなことがわかるでしょう。




高幡不動尊の木魚

 高幡不動尊五重塔地下の弘法大師像がある部屋にあった木魚。顔のイメージが結びついたせいか、何となくユーモラスに見えた。




薬師堂の焼香台

 稲田堤駅から少し南に歩いた菅薬師堂です。本堂の前に、焼香台がありました。




 その足の部分。三ヶ所ありますが、いずれも同じデザイン。何となく顔に見えませんか。




溝の口のホームにて

 溝の口の下りホームの先端に置いてありました。ちょっと空(うつ)ろで不気味な目つきですが、何となく顔にも見えます。交通の安全を祈願するものなのでしょうか。わざわざ木の台に置いてあるところを見ると、大事なもののようです。
 私なりの考え方を「鉄道の仕組みや保守・点検」にメモしておきました。




風景・建物

 風景や建物が、何となく顔に見えることもあります。
 下の写真は、聖蹟桜ヶ丘駅前の交番です。




 鶴牧東公園(奈良原公園)の四阿(あずまや)。武蔵野音楽大学の楽器展示場の前にある。




 観蔵院にある石と軒。「この石のどこが顔に見えるんじゃい」と言われてしまえば、それまで。




 同じく軒のデザイン。観蔵院の中にある建物です。私には、何となく目に見えてしまう。
 悪いことはあまりしていないが、生きていること自体に自信がなく、見られているという後ろめたい気持があるので、そうなっちゃうのだろうか。




 全体の風景に溶け込んでいることがあります。例えば、下の写真です。
分倍河原にある高安寺の幼稚園ですが、その前を通ったときに、私はふと右手の丸い突き出た教室の丸い二つの窓に見られているような気配がしました。そして、なぜか楳図かずおの『まことちゃん』のことを思い出したのです。




扉の飾り模様

 鎌倉街道の関戸橋南にあるマンションの入り口です。私には、何となく見尻がつり上がった顔に見えてしまいます。




 西巣鴨四丁目の住宅街を歩いていました。何のことはない、玄関の扉に簡単な飾り模様が、すりガラスにして付けてあるだけです。それでも、内側から見られている気配がしたのです。今のところ、私にはパラノイア(paranoia)の傾向はないのですが。




古い門

 府中の大国魂神社から少し東に行ったところにあった門です。前を通ったときに、何となく見られている気配を感じました。右の柱には、「鳩林荘」と書いてあります。




 そこで、その目にあたる隙間のところから、内部を覗いてパチリ。上の影は、屋根。竹林の中には、やはり古い屋敷がありました。




小金井市貫井神社で

 小金井市にある貫井神社の湧水滝です。本殿の横から湧き出して、ここで落差が小さい滝を作ります。それはともかく、右下にある石が何となく顔に見えたのですが、……。デジカメで撮ってしまうと、そうでもないみたい。




 それでは、その小さい滝から10メートルほど左(西)へ行くと、ご覧のような「見ざる言わざる聞かざる」の「三猿」に乗っている道祖神。そして、その右にある石、さらにその右の石。何となく横顔に見えるのは、私だけでしょうか。




八王子の大泉寺にあった石

 2008年2月4日(月)に小宮公園に行きました。その帰りに、寄った曹洞宗大泉寺です。
 和尚さまと立ち話をしたのですが、下の石が何となく顔に見えたことを私は言いませんでした。ここのところ、身体の症状がよくないからです。




鶴と石

 聖蹟桜ヶ丘駅から東へ川崎街道を少し行ったところ。見事な青銅の鶴がある。しかも、二羽。これは、芸術作品であって顔には見えない。私は、ここでいつも立ち止まって、しばらく眺めるのである。




 そして、反対側。何のことはない。赤っぽい石が置いてあるだけ。それが、ふと右向きの顔に見えることがあるから不思議。鶴を見た後であるからだろうか。




神田川の石

 三鷹台から久我山に向かって、神田川を下っていたときです。ふと、何となく見られているように思って河床を見ると、何のことはないただの石。でも、私を見上げているような気配を感じました。




旧古川庭園の灯籠

 本郷通りにある旧古川庭園の灯籠(とうろう)です。
 行ったときに、ふと見られているように感じたので、よく見てみました。すると、目のところの穴には、向こう側の景色がそのまま写っているはずですが、……。




目青不動尊の建物

 三軒茶屋の目青不動尊教学院にあった建物が、ふと目じりの下がった顔に見えた。つまり、見られているという感じ。もっとも、そんな感じを受けない人のほうが多いかもしれない。夏の季節だったので、ホームレスが横で昼寝をしていた。鉢の横に足だけが見えるでしょう。




見られている感じの寺

 多摩市一ノ宮一丁目にある真明寺を参拝したときのことです。ふと、何となく見られているような気配を感じました。まず、屋根にある大きな鯱(しゃち)です。幅が狭いので、兜(かぶと)の飾りや動物の角に見えてしまいます。
 すると、その中央部にある左右の点が目の感じを帯びてくるのです。




 それはともかく、上の写真の額の左側にある白い物は、下のような納骨堂になっています。そして、2箇所の風穴と下の四角い空気取り入れ口が、何となく目と口の様相をもたらす。私だけの気のせいかも?




 真明寺の境内には「多摩十三仏霊場」の第十番・阿弥陀如来がまします。
 そして、その隣にあった石塔が、下の写真。これも、私には何となく顔に見えてしまう。この寺では見られているような感じを最初に受けたので、そのような妄想が生じるのかもしれません。




 豪徳寺の本殿の回廊を歩いていたときに、ふと見られているような感じがしました。単なる気のせいでしょうか。向こうの門の鴨居の上の部分が、錯覚で何となく目に見えたためでしょうか。




小さい祠(八王子 八幡・八雲神社の境内ほか)

 上の「見られている感じの寺」にもあったが、これも小さな祠。八王子の八幡・八雲神社を参拝して、門から出ようとしたときのこと。境内に合祀された赤い神社(横山神社かもしれない)の横にあった。何となく見られている感じがしたので、見るとこの小さな祠。




 八王子市神戸(ごうど)バス停から西に少し入ったところの墓地にありました。やはり何となく見られた感じを受けたのです。




消防署のマーク

 私には、何となく顔に見える消防署のマーク。下記は、地図でお馴染み、単に丸の中に「火」という字をデザインしたもの。拡大をすると、絵文字のような感じがしないでもありません。
 ついでながら、小田急デパートのマークは丸の中に「小」をデザインしたものだが、それがおチンチンに見えてしまうのは、私だけであろうか?




霊園前から霊園正門

 2009年も押し迫った日に、八王子の霊園前バス停から霊園正門バス停までの右側歩道を歩いていて、ふと見られた感じがしました。真照寺を探して、禅宗多鳳閣の手前を歩いていたときです。




大日堂の中門

 拝島大師の西隣にある大日堂。その中門を東側から見たところ。十二支がカラーで描かれ、飾りになっている。




新宿駅前の地図

 新宿駅前の地図です。ロータリーになっているところが、何となく顔に見えませんか。




 逆にイメージをすると、私はグレイかが隠れているのではないかと思ったりします。




 全体の地図は、下のようになっているのですが、……




まことちゃんハウス

 これは、実際にマンガの主人公をモデルにして著者が設計したのだから、顔に見えるのが当然であろう。色彩とデザインとが、近隣とのトラブルになったそうである。




歌川国芳

 電車の中に貼ってあった小さいポスター。




 顔に見えるが、よく見ると多くの人の合体。二人の褌(ふんどし)が、眉になっている。




自動車三台

 立川の普済寺に、観音を見に行った帰り。残堀川を渡って、新青梅街道に沿って歩いていたとき。何となく、自動車が顔に見えた。これは、後ろだろうか。




 もしかしたら、そんなことを感じるのは、私だけかもしれない。




 顔ノイローゼではないと思うが、見尻が上がっているようにも、……。




小型自動車

 超小型自動車。




 しかし、天地を逆にしたイメージではどうでしょうか?




漢語林

 『漢語林』という辞書をパラパラ〜ッとめくっていたときに、ふと見られた感じがしました。それは、げんかん(「げん」はこざと偏に「元」、「かん」は「感」の心がない字)という楽器だそうです。




長谷寺観音堂

 西麻布にある永平寺別院長谷寺(ちょうこくじ)の大観音が入っておられる観音堂。その屋根。何となく見られている気配がした。




渋谷駅モアイ像

 渋谷駅にあるモアイ像。これは、もともと顔であるので当然。しかし、前を通りかけたときに注意しないと、逆に見落としてしまうのは、どうしたことだろうか。草木(くさき)やゴミの中に和んでしまっているからだろうか。それとも、モアイ像の全身ではなく、頭だけだからだろうか。




雄松院の水受け

 清澄白河駅から一、二分のところにある雄松院。本堂前にある水受けです。




 そのマークに、何となく見られた感じがしました。




 もしかしたら、反対でも感じるかもしれません。




富岡八幡宮の前面飾り

 門前仲町の富岡八幡宮。本殿の飾り。




 何となく、気配を感じました。




 これも逆さまにしてみると。




駅の自動改札

 ふつうは、パスモでワンタッチ。しかし、都内の地下鉄はシルバーパスだから、挿入口から通す。そのときである。何となく目があった感じがするのは、私だけであろうか。




 写真に撮ってしまうと何でもない。しかし、通すときは一瞬であるが、かなりの実感がある。




リフト

 森下駅のそばを歩いていたら、リフトが置いてあった。誰も乗っていないようであるが、赤いバックライトが点いていて、何となく睨まれているような感じがした。




愛染院の額の上

 練馬春日町駅の北にある練月山愛染院観音寺の本堂。その額の上にある飾り。参拝するときに、何となく見られているような感じがした。




ガムテープの貼り付け

 練馬春日町駅から豊島園駅まで歩いていたときに、豊島園の北側の塀のところにあった。ガムテープを切って、貼り付けたのだろう。おそらく、中央の小さい三角は下の部分から切り離したのではないか。でも全体で、いったい何を意味しているのだろうか。




東福寺の山門裏

 新江古田駅から江古田通りを南に行くと、東福寺がある。その山門をくぐって、何となく気配を感じたので振り向くといた。おそらく寺で行事があるときに、香を焚くものであろう。ふだんは、ここに待機しているのではないか。




福泉寺の社と裏

 西武線の保谷駅から北へ少し行ったところに福泉寺。魚籃観音がおられると知って行ったが、お目にかかることはできなかった。境内にある小さな社の前に、東福寺にあったものと同じタイプのものが置いてあった。




 その脚の部分。




 外周を裏手に回ると、お釜もあった。




中野区立歴史民俗資料館の燈籠

 資料館の屋外です。何となく見られている感じがしました。




中野駅南口商店街のタイル

 商店街を駅に向かって歩いていました。しかし、何となく見られているような感じがするのです。もしかしたら、歩道のタイルのせいかもしれません。




Kuroda Kouta (2007.10.05/2012.01.16)